やや高音で雑音のない美声と、繊細な演技が印象的だった俳優イ・ソンギュンがこの世を去って、そろそろ1年になる。名作ドラマ『マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん~』を観ればわかるように、彼が特に光ったのは、何者かから抑圧を受けて苦悩する演技だったが、現実世界でも人知れず苦悩していたのかと思うと胸が痛む。

 今回は40本近い出演映画のなかから、彼らしさが発揮されている作品をいくつか紹介する。年末年始は往時の彼の姿を見ながら、イ・ソンギュンを偲んでほしい。

■名優イ・ソンギュンの魅力が発揮された名作映画6選

チョン・ドヨンの彼氏役『初恋のアルバム ~人魚姫のいた島~』(2004年)

 韓国映画界の女王チョン・ドヨンが、タイムスリップして会った若い母と現在のその娘の一人二役を演じたことで話題になった作品。イ・ソンギュン(当時29歳)はその娘の彼氏ドヒョンを演じた。

 印象的だったのは、現在の娘の母(コ・ドゥシム)と初めて話すシーン。

母「ご両親は何してるんだい?」 

ドヒョン「私が子供の頃、亡くなりました」

母「二人とも?」(自分と同じ境遇に驚き、嘆くように)

ドヒョン「ええ……」 

母「それじゃ結婚も難しいね。娘のことが好きなら稼ぐこった」

 ベテラン女優コ・ドゥシム相手にじつに自然に気まずい空気を醸し出しているのはさすがだった。この頃から不安定な立ち位置での演技には見るべきものがあったのだ。

平壌から来た留学生役 『アバンチュールはパリで』(2007年)

 ホン・サンス監督映画初登場は、なんと北朝鮮人役。主人公(キム・ヨンホ)がパリ滞在中に韓国人留学生たちの飲み会に参加する。そのなかの一人、平壌からの留学生役だった。

 空気を読まない主人公から「キム・イルソンについてどう思う?」と聞かれ、「偉大なるお父様に向かってそんな言い方は無礼でしょう」と静かにキレる。このときのイ・ソンギュンの演技は神がかっており、北朝鮮訛りも流暢だった。実際、北朝鮮の人に無礼を働いたら、こうなるだろうと感じさせるリアルな演技だった。

 留学生と主人公の悪縁はこれだけで終わらず、数日後、二人はパリの路上でばったり出会う。留学生は会釈だけして通り過ぎようとするが、主人公は、「先日はすみませんでした」とぎこちなく言う。留学生はそれをおおらかに受け入れ、コーヒーでも飲みましょうと誘う。カフェに行ったはいいが、会話は弾まない。主人公が苦し紛れに腕相撲をしようと言うので受けて立ったが、留学生は惨敗してしまう。

 勝ち誇る主人公。苛立ちを隠せない留学生。このときの怒りを飲みこもうとするイ・ソンギュンの表情には笑うしかなかった。

■母性本能をくすぐるダメ男ぶり 『教授とわたし、そして映画』(2010年)

 イ・ソンギュンはこの頃からホン・サンスの分身とでも言うべき男を演じ始める。本作では、片思いの相手オッキ(チョン・ユミ)や恩師(ムン・ソングン)に振り回される情けない映画監督ジングに扮した。

 トークショーに来た観客からかつての不倫について糾弾され、針のむしろ状態になったときの表情や声の演技はリアリティ抜群だった。苦境に陥ったときに魅力を発揮する “M系” 俳優イ・ソンギュンの真骨頂だ。

 オッキが電話に出ないので、ストーカーのように家の前で待ち続けるが、真冬の寒さに耐えられず階段に座り込んでソジュをラッパ飲みするシーンや、一夜明けて階段で眠っているところをじつは家にいたオッキに起こされるシーン。そして、オッキと思いを遂げ、ニコニコしながらタバコを吸うシーンはなんともいじらしかった。