■不動産屋さんは先見の明があったってこと? 今頃になって耳の奥でリフレインするあの言葉

 元家主からはついに最後まで連絡はなかった。でも、もうそんなことはどうでも良かった。今となっては、彼女がチョンセ詐欺師じゃなかっただけでも、ありがたいと思っている。

 韓国では近年、チョンセの保証金を物件売買価格と同等か、それ以上に設定した「カントン住宅」が社会問題になっている。カントンとは空き缶。つまり、中身がない(=価値がない)物件のこと。不動産屋と家主が共謀し、価値ある物件のように見せかけ、多額の保証金を騙し取る「カントン詐欺」が横行している。

 私の場合は、預けた保証金と家主の借金を合わせても、物件の価格が上回っていたため、大ごとにならずに済んだ。そういう意味では、不動産屋の社長が何度も口にしていた「心配いらない」という言葉は、あながち嘘ではなかった。

 ちなみに、今年に入り、ソウルのアパート1戸の平均売買価格は13億ウォン(約1億3700万円)を超え、史上最高値をつけた。ふと、あの時のアパートが今どれほどの価格になっているか気になって、調べてみた。すると、当時の3倍強に上がっている。株に例えるなら、「お宝銘柄」とまではいかないが、「成長株」だったということか。

「買っちゃえば?」

 不動産屋さんの声が遠くから聞こえてくる。あの時、購入していたら───と悔やんでも、もちろんもう遅い。