韓国ドラマでは住宅にまつわる金銭トラブルが物語のエピソードとしてよく出てくるが、実際に私が経験した保証金のトラブルもドラマのような展開だった。チョンセ(保証金)でアパート(高層マンション)を借りた時、大家が返済不能になり、家が差し押さえになったのだ。(記事全2回のうち後編)

■チョンセで借りたアパートが差し押さえに!?

 貸金業者からの封書がつまったポストを目にした時から、嫌な予感はしていた。しかし、想像以上の事態。全貯金を注ぎ込んだ保証金が消えるかもしれない。その恐怖で押しつぶされそうだった。

 瞬間、検察を舞台にしたサスペンス『秘密の森〜深い闇の向こうに〜』で、保証金が一瞬でなくなったと、涙ながらに訴えていたチョンセ詐欺の被害者を思い出した。私も彼女のようになるのだろうか。

 不動産屋の社長は「家が売れさえすれば、保証金は戻ってくるから、心配しなくても大丈夫」と繰り返したが、彼の「心配いらない」はもう信じられなくなっていた。

 不動産屋を出て、もう一度、大家さんに電話をかけてみたが、やっぱり繋がらない。「困ったことがあったら連絡して」と言ってくれたあの言葉は一体なんだったんだ。

 部屋に戻って、封書の束を見つめながら、ただひたすら後悔した。家主に借金があることを知った時点で、やめておくべきだった。あれほど多くの物件を回ったのに、どうしてこの家を選んでしまったんだろう。ついさっきまで、長く住み続けたいと思っていた部屋は、別の場所かと思うほど、居心地が悪かった。気に入っていた家具も観葉植物もキムチ冷蔵庫も、何もかもが空しく見えた。

■不動産屋さんに軽いトーンで勧められた9桁ウォンのお買い物

 家が差し押さえられたといっても、借家人の私にできることはほとんどなかった。留守中でも内見できるように、不動産屋に玄関の暗証番号を教えることと、仕事帰りに立ち寄って「売れましたか?」と尋ねることくらい。

 日課のように訪ねてくる私に、ある日、不動産屋の社長が言った。

「買っちゃえば?」

 9桁ウォンのお買い物を、スーパーの特売品を勧めるように言うので、最初は冗談かと思った。「良い物件だから損はしないよ」と、やけに押してくる。

 ソウルのアパートを?私が?

 全財産を保証金に使い果たしたので、購入なんて考えたこともなかった。が、不動産屋さんの一言でちょっとその気になり、銀行へ相談に行ってみた。すると、外国人の私でも借り入れできるという。ただし、金利が驚くほど高かった。家賃を浮かそうとチョンセの家に入居したのに、購入してローン地獄に陥ってはも子もない。かといって、このまま家が売れなければでは、競売にかかり、保証金が飛ぶかもしれない。

 どちらがマシか。 最悪の中の最善を見つけようとしたが、不安の渦中では冷静な判断などできない。悩んだ末「競売にかけられてから考えよう」と自分に言い聞かせた。

 それから2ヶ月がたった。いつものように仕事帰りに不動産屋に顔を出すと、「売れたよ!」という明るい声とともに迎えられた。

「ああ、助かった」。私は足の力が抜けて、その場にへたりこんだ。込み上げてきたのは嬉しさではなく、深い安堵だった。新たな大家さんには、保証金返還義務が継承され、私のもとには無事、保証金が戻ってきた。