【第四夜】「そこは海」(『怪談青柳屋敷』より)
長本(ながもと)さんは広島県の出身だ。
実家の近所にMという半島があり、ここは子どものころからの遊び場だった。
この半島、東側の海岸は昔から栄え、現在はリゾートホテルなどもある風光明媚(ふうこうめいび)な場所である。しかし、半島中央の高台にある森は地元では自殺スポットとして知られている。
長本さんが子どものころ、犬の散歩をしていた老人が首つり死体を発見したことがあり、それから引き寄せられるようにそこで自殺する人が相次いだ。それ以来、大人たちのあいだでは、その半島の森は忌み嫌われるようになったが、長本さんたち子どもにとっては恰好(かっこう)の遊び場だった。というのもその森、カブトムシやクワガタがたくさん採れる。敬遠して大人たちが近づこうとしないのをいいことに、夏休みになると地元の子どもたちはそこへ出かけ、思い切り遊んでいた。
やがて長本さんは高校生になった。夏休みのある日、二つ年上の先輩の家で、その先輩の友人と、その人の彼女と四人でだらだら過ごしていた。
夜中の二時をすぎたとき、
「今からMにクワガタを採りにいかないか?」
先輩が提案した。夜中にクワガタ採りとは面白い。朝方なら小学生がうじゃうじゃしているだろうが、今なら誰もいないはずだ。長本さんを含めた三人もすぐに乗り気になり、自転車でMに繰り出した。
森に行く途中、Mの西側の海岸沿いの道を通る。月明かりの下で静かに打ち寄せる波。夜の誰もいない浜辺がなんとも魅力的に思えた。誰といわず、クワガタ採りは後回しにして、泳いで遊ぼうということになった。
自転車を浜辺に停め、服のまま海に飛び込んではしゃぎ回った。
とても楽しかったが、しばらくすると妙に動きにくいような感覚になった。
「なんだこれ、海藻が絡みついてるな」
先輩が言った。たしかに先輩の足や腕に、細い海藻が絡みついている。自分の腕を見てみても同様だ。
「か、懐中電灯持ってこい!」
先輩の友人が突然叫んだ。いちばん年下の自分に言っているのだろうと、長本さんは浜に上がって自転車に走った。カゴに入れていた懐中電灯を持ってきて、先輩の友人を照らす。
「やっぱり、髪の毛だ!」
海藻だと思っていたのはすべて、長い髪の毛だった。四人は恐怖にかられ、自分の体についた髪の毛を取りはじめる。
「一本も残すな!」
うわずった声で先輩が放った一言が、長本さんの耳に今もこびりついて離れない。
何の因果か、長本さんは現在美容師として、毎日他人の髪の毛に触っている。
【了】