【前編あらすじ】今から数年ほど前、タイのとあるリゾート地のヴィラに宿泊した日本人夫婦。ヴィラの日本人オーナーである山岡に置き去りにされた無人島で見た異様な光景、そして、突如現れたボロボロの姿をした男の正体は……(登場人物はすべて仮名。地名も伏せます)。
■あんたら山岡に騙されたんだよ
「騙されたって……どういうことですか!?」
智之は、男の疲れ切った表情と何日も洗っていないような服装を見て、恐る恐る尋ねた。
「俺は……山岡に騙されてここに来た。もう何週間も前になる。アイツは日本人を言葉巧みに騙して、ここに監禁しているんだ」
男はあたりを伺いながら、小声で自分も被害者の一人だと言った。
「お前たちも、これからどこに連れて行かれるかわからないぞ…」
■怪しい男の後を追った先には…
陽が沈むとあたりは暗闇に包まれた。「ボートの場所へ案内する」と言うなり、茂みの中の獣道のような道を振り返りもせずに歩いていく男。かすかな月明りを頼りに、智之と美由紀は息を潜めながら男の後を追った──。
「どうしてボートがあるなんて知っているんですか?」
美由紀が声を潜めて尋ねても、男は押し黙ったまま藪をかき分け歩き続けた。
(本当にこの男を信じていいのか……)
疑念が浮かんだ智之だったが、美由紀が「えっ⁉」と声を上げたので、そちらに目をやった。いつの間にか、島の反対側に出ていたようで、そこにはやはり遠浅のビーチが広がっていた。しかも……。
■顔を歪めて男が語った過去とは
暗い海の向こうには驚くほど近くに対岸の町の明かりが見えた。そして、男の言葉どおり、ビーチの端に古びたボートもあった。ただ、小さなエンジンこそついていたが、ところどころ板が外れて木の表面にはひび割れが走っている。
(これ、本当に動くのか?)と不安げな表情を浮かべた智之に、
「……俺がここに置き去りにされた時、偶然見つけた。ボロいが動くのは確認してある」
と、男は泣き笑いのようにクシャっと顔を歪めて言った。
「それなら、どうして今まで逃げなかったんですか──」
対岸は目と鼻の先なのに、と言いかけた智之に向かい、男はため息をついた。
「逃げるチャンスなんてほとんどなかった。昼間はやつの手下たちが島の周囲を見張っているし、夜は海が荒れがちだ。でも、今夜は波が落ちついてる。それに、君たちが来たおかげで手下どもも油断しているはずだ」
智之は、男の言葉にどこか腑(ふ)に落ちないものを感じたが、今はとにかくこの島を脱出することが優先だった。