■島の奥から追っ手の怒号が!
男は智之たちを先に乗せ、海へと押し出しエンジンをかける。いかにも壊れそうな音を立て、エンジンが唸りを上げ始めた。智之の手を取り、危なっかしいバランスで男がボートに乗り込もうとした瞬間だった──。
「※%$##$%&!!!」
茂みの奥から怒号が響いた。言葉は聞き取れなかったが、男が言っていた「山岡の手下」なのは明らかだ。しかも、茂みをかき分け近づいてくる気配は一人だけではなかった。
「早く! 早く乗って!!」
美由紀は悲鳴を上げたが、なぜか男は、また泣き笑いのような顔でこちらを見ると、スーッとボートを押し出した。
■乗るのを拒絶した男の真意は?
「なんでっ⁉ 早く乗らないと──」
智之の声をかき消すようなエンジン音とともにボートが走り出し、男が遠ざかる。二人に向かって男は、
「おれはもういいよ~。先に行ってて~」
場違いなぐらいのんびりした声で手をふると、クルリと背を向け、奇声をあげて茂みのほうへ駆け出していった。
どんどん後ろに遠ざかるビーチでは、男たちの争う姿が見えたが、慣れないボートを操るのに智之はそれどころではなかった。そして「ギャーーーっ」と、ひと際大きな怒声が響いた後、背後には静寂が広がった。
──正直、その後の記憶は確かではない。とにかく対岸の明かりに向かってボートを進めたが、途中でエンジンが止まり、船底にあったオールで必死に漕いでたどり着いた。途中、美由紀が、
「あの人……大丈夫だよね?」
と、涙ぐむ声で言ったが、智之は答えられず、ただ漕ぎ続けるしかなかった。
■「また、タイでお会いしましょう」
山岡のヴィラには戻れず、手持ちもほとんどなかったが、なんとかバンコクに戻ると、すぐに日本大使館に駆け込んだ。しかし、大使館員の態度は冷たい。
「山岡さんですか? そういう噂は何度か聞いていますが、証拠がないと動けません」
美由紀が声を荒げても、相手は取り合わない。一方、智之はタイでの経験をSNSで拡散しようとするが、山岡の名を出すと、なぜか投稿が次々と削除されていく。まるで、何者かの手で情報が揉み消されているかのように……。
日本に帰国してしばらくして、智之のもとに一通の封書が届いた。差出人は「山岡」。恐る恐る開けた智之は青ざめ、美由紀はその場で絶叫した。
そこには、あの島で隠し撮りしたらしい、二人の姿をとらえた写真と、メッセージがたったひと言、同封されていた──。
「またタイでお会いしましょう」
■謎のオーナー「山岡」の正体は…
それから数年後のこと。二人はとある海外のニュースサイトを目にした。そこには東南アジアでの日本のとある犯罪グループの逮捕報道が流れていた。
もしかすると、山岡もそんな集団の一味だったのか……? 世界では毎年、20人近くの日本人が行方不明になるといわれている。 だが、これはあくまでも家族などに行方不明者として届け出を出された場合だ。
美しいリゾート地の陰に潜む、誰も語らない闇。それを知ったとき、智之と美由紀の楽園への夢は消え去っていた。