■神様だって逃げることもある?

洋画家・青木繫が描いたオオナムチの死と再生のエピソード。
画像:「大穴牟知命」青木繁/アーティゾン美術館所蔵
Shigeru Aoki, Public domain, via Wikimedia Commons
ヤガミヒメを“横取り”されたと怒った八十神たちは、オオナムチをイノシシ狩りと騙して山に連れ出しました。「そっちに行ったぞ。捕まえろ!!」と言われたオオナムチが何も疑わずに抱き止めると、それはイノシシに似た真っ赤に焼けた岩。哀れオオナムチは体を焼かれて死んでしまいました。
泣き悲しんだ母神が天のカミムスヒノカミに頼み、オオナムチは立派な男の姿となって生き返りました。しかし、また八十神に騙されて山におびき出され、今度は切り倒された大木に挟まれて死んでしまったのです。
このときも母神に助けられて生き返りましたが、「このままではまた殺されてしまう」と諭されて、オオナムチはスサノオノミコトのいる根の国へと逃れました。
素直すぎる性格では騙されることもあるでしょう。また、逆らえないときもあるし、どうにもできないこともあります。死なないまでも、そんな追い詰められた状況は皆さんも経験があるのでは?
下っ端だからとどうでもいい雑務を押し付けられ、成果を上げると上司や先輩に妬まれ、素直に指示に従うと実はとんでもない罠だった……。まるで現代のブラック企業さながらです。
でも、オオナムチ(のちのオオクニヌシ)だって自分を守るために一度は逃げたのです。そんなときは、いったん逃げたっていいんだよと、このエピソードは教えてくれる気がしませんか?
■試練と助言を素直に受け入れ成長

相手はヤマタノオロチ退治のスサノオ。生半可な試練ではなかった……。
画像:Public Domain via Wikimedia Common
さて、逃げのびた根の国でも試練は続きます。スサノオノミコトにあてがわれた寝室ではヘビやハチ、ムカデに襲われ、野に放った矢を拾いに行かされ火を放たれる(ひどい!)など、数々の危機に襲われながらもスサノオの娘のスセリヒメやネズミに知恵を授けられて助かります。
遂には、眠っているスサノオの髪を柱に縛り付け、スセリヒメを背負い、家宝の太刀と弓矢、琴を手に地上へと逃げ帰りました。すると、スサノオは怒るどころかオオナムチの肝っ玉を気に入ったのか、
「その弓と矢で八十神を追い払い、スセリヒメを妻とし、オオクニヌシと名乗り大きな宮殿を建てて住め」
と送り出したそうです。ちなみにオオクニヌシの名乗りはこのときからで、その名の通り国造りを始めたのでした。
助言を素直に受け入れるところや、得るものさえ得たら、無理に戦わず思い切ってその場を離れるところなども、とても参考になります。
■女性にも動物にも好かれる神様

ウサギにネズミ、ヒキガエルまで動物たちに好かれるオオクニヌシ。
画像:『鮮齋永濯畫譜 初篇』メトロポリタンミュージアム所蔵
Kobayashi Eitaku, Public domain, via Wikimedia Commons
オオナムチ改めオオクニヌシは、何度も危険な目や命の危機にあいながらも、必ず誰か救いの手が現れて困難を乗り越え、そこから大きく成長して成功していきます。
つまり、これまでの過酷な経験はただのピンチではなく、成長のための試練だったのです。ピンチのときこそオオクニヌシのように、素直に受け入れる心が大事だと、このエピソードは教えてくれていますね。
それに、苦労を知り、弱さも強さもあわせ持ち、女性や小さな動物から好かれてその助言も素直に受け入れる。どうにもならないときには、こんな神様に相談したい、と私は思いますがいかがでしょうか。
さて、オオクニヌシは国造りを始めてからも困難にみまわれます。次回では、そんな苦難にもめげなかったオオクニヌシの神話をさらに読み進めてみましょう。