■ユ・ジテ映画デビュー作『バイ・ジュン さらば愛しき人』(チェ・ホ監督/1998年)

 ユ・ジテの映画デビュー作はチェ・ホ監督『バイ・ジュン さらば愛しき人』(1998年)だ。

 無為な時間を過ごす19歳のジュン(ハ・ラン)とトギ(ユ・ジテ)、チェヨン(キム・ハヌル)。しかし、トギは突然この世を去り、残された2人は恋に落ちるが、死んだジュンの幻影から逃れることができない。

 “憂鬱な貴公子”と呼びたくなるユ・ジテの演技の方向性はテビュー作ですでに決定づけられていた。彼の最大の魅力は、一重でけっして大きいとは言えない目だ。190センチ近い長身は威圧的だが、物憂げな目つきは引きこもりの少年のよう。このギャップに母性本能をくすぐられてしまう。

『バイ・ジュン さらば愛しき人』のカメラワークや音楽は、90年代の香港映画『恋する惑星』(1994年)や『天使の涙』(1995年)の影響を受けているように見える。今観ると少々間延びしているようだが、展開が早く刺激満載の韓国映画に慣れきってしまった筆者には逆に新鮮に感じられた。

2000年代初頭までの韓国映画では、公衆電話ボックスが連なっている場面がよく見られた。今、ソウルや釜山ではなかなか見られないが、田舎町に行くとたまに見かける。写真は軍人の街、楊口(江原道)バスターミナル前

■IMF危機下の若者を描いた『アタック・ザ・ガス・ステーション!』(キム・サンジン監督/1999年)

『アタック・ザ・ガス・ステーション!』(1999年)は、ナム・ジュヒョクキム・テリ主演の人気韓国ドラマ『二十五、二十一』でも描かれた IMF危機(通貨危機)で世の中が荒み、それぞれが心に怒りを秘めた若者4人がガソリンスタンドを襲う話。

 ガソリンスタンドの社長やスタンドにやってくる者たちが、5人の怒りの炎に油を注ぐ。スタンドの社長は金儲けのことしか頭にない。そんな社長にガソリン代をたかるのはあろうことか警官たち。その一人は『ペーパー・ハウス・コリア』でモスクワを演じたイ・ウォンジョンだ。

 ユ・ジテ扮する金髪長身の不良、通称「ペイント」は前衛画家志望だが、その才能を否定し続けた父親との関係がトラウマになっていて、訓示を垂れるようなスローガンを見ると迷わず破壊する。ふだんは無表情だが、怒りが沸点に達するとニヤッと笑う。この屈折具合がユ・ジテらしい。

 余談だが、ペイントが台湾の台北で地下鉄に乗ったら、たちまちぶちキレるだろう。「忠孝新生」「忠孝復興」「忠孝敦化」「信義安和」など、台北駅から数駅乗ると説教臭い駅名が連続するからである。

 そんな不良少年も腹が減ったら戦はできない。4人がガソリンスタンドでチャジャンミョンを食べる場面では、タクワンをハツカネズミのようにかじる若きユ・ジテがじつにキュートだ。

(つづく)

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