テレビ東京の韓流プレミアで放送中の『赤い袖先』(日本編集版/全27話)の第24話で、カン・マルグムが演じる恵慶宮(ヘギョングン)が、イ・セヨンが扮するヒロインの宮女ソン・ドギムの出自を語る場面があった。(※以下、一部ネタバレあり)
■イ・サンが愛した宮女ドギム、ドラマと史実ではどう違う?
ジュノ(2PM)が演じるイ・サンや、大妃(テビ)の前で、ドギムは「男性と情を交わした」という疑いを持たれていた。
宮女は国王に仕える身分であり、他の男性との恋愛は厳禁だ。発覚すれば死罪に処されることもある。それなのに、ドギムは市中で男性と何度も会っていたという嫌疑が、側室の和嬪(ファビン)によって提起された。
ドギムが窮地に陥ったときに恵慶宮が現れて、「ドギムが会っていた男性は実の兄」と説明してくれた。その際に恵慶宮がドギムの出自を語っている。
それによると、「ドギムの父親は思悼世子(サドセジャ)に仕える兵士」だという。1762年に思悼世子が米びつに閉じ込められて餓死する事件があったときに、思悼世子は罪人と見なされて、仕えた兵士もみんな殺されてしまった。
父を亡くしたドギムを哀れに思った恵慶宮(当時は恵嬪〔ヘビン〕)は、実家の使用人の養女にドギムを迎え入れた。こうしてドギムは命を救われたのである。
兄は1人で生きていかなければならなかったが、妹の援助もあってようやく官職に就くことができた。そのことをドギムは本当に喜んでいたが、もし弁明の場で「市中で会っていた男が実の兄」とわかると、兄の官職が取り消される恐れもあった。そのことを心配してドギムはあえて弁解しなかったのだが、代わりに恵慶宮が助け舟を出してくれた。
ようやくドギムはピンチを脱することができたのだが、彼女の出自は史実ではどのようになっていたのだろうか。これからの説明は実際に起こったことだ。
ドギムは1753年に生まれているが、父親は恵慶宮の父親に仕える使用人であった。恵慶宮の父親とは、後に領議政(ヨンイジョン/総理大臣に該当)を務めた洪鳳漢(ホン・ボンハン)だ。
これだけの大物の下でドギムの父親が働いていた縁があって、彼女は宮女として王宮に入ることになった。それは1762年で9歳のときだ。