■ダメ男ぶりが母性本能をくすぐる『教授とわたし、そして映画』(ホン・サンス監督/2010年)

 片思いの恋人オッキ(チョン・ユミ)や恩師(ムン・ソングン)に振り回される、情けない映画監督ジングを演じた最初の作品。

 トークショーに来た観客からかつての不倫について糾弾され、誰も味方になってくれず、針のむしろ状態になったときの表情や声色はリアリティ抜群。ホン・サンス作品に登場する映画監督はたいていホン・サンスの分身なので、いろいろと邪推してしまう。

 キム・サンギョンキム・スンウキム・テウユ・ジュンサンチョン・ジェヨンなど、多くの俳優がホン・サンスの分身を演じているが、リアリティという点ではイ・ソンギュン氏が抜きん出ていると思う。

 オッキが電話に出ないので、ストーカーのように家の前で待ち続けるが、真冬の寒さに耐えられず階段に座り込んでソジュをラッパ飲みするシーンや、明け方、階段で眠っているところをじつは家にいたオッキに起こされるシーン。そして、オッキと思いを遂げ、ニコニコしながらタバコを吸うシーンはなんとも可愛らしかった。

■酒に飲まれるダメ男ぶり全開の『ソニはご機嫌ななめ』(ホン・サンス監督/2013年)

『教授とわたし,そして映画』に続いて、意中の相手役ソニに扮したのはチョン・ユミ。イ・ソンギュン氏はソニに振り回される3人の男の一人ムンスを演じている。

 ホン・サンス監督作品の飲酒シーンでは演者に本当に酒を飲ませると聞いたことがあるが、本作もそうかもしれない。それほどムンスがたらしなく酔う様には説得力があった。酒に飲まれるイ・ソンギュン氏をただひたすら鑑賞すべき作品だ。

 白眉は、安国駅の近くに実在したバー「アリラン」で先輩(チョン・ジェヨン)相手に愚にもつかぬことを言いながらソジュを飲み続けるシーン。筆者はこの場面を思い出しながら、「アリラン」で何度も痛飲した。2年前、この店は建て替えになり、三清洞に移転してしまった。イ・ソンギュン氏を偲ぶ場所がひとつなくなってしまい大変残念だ。

仁寺洞の北端、安国駅の北側にあったバー「アリラン」。イ・ソンギュン氏の飲酒シーンはこのテーブルで撮影された

■CEOの光と闇を演じ切った『パラサイト 半地下の家族』(ポン・ジュノ監督/2019年)

 ホン・サンス作品のダメ男ぶりと本作でのIT企業の冷徹なCEO役。この両極端な役を違和感なく演じて見せるのが、イ・ソンギュン氏の真骨頂だ。

 終盤のガーデンパーティの余興シーンで、最初は猫なで声で運転手(ソン・ガンホ)に演技指導をしていたCEOだが、運転手が気乗りしていないとわかると表情を一変させ、「今日は勤務日ですよね。これも仕事の延長だと思ってもらわないと」と高圧的に告げるシーンは、ゾッとするくらいの名演技だった。

『パラサイト 半地下の家族』の冒頭、チェ・ウシクパク・ソジュンがソジュを飲むシーンが撮影されたシュポ(食料雑貨店)

 人間の弱さ、脆さ、怖さ、可笑しさを見せ続けてくれた俳優イ・ソンギュン氏の冥福を祈りたい。

イ・ソンギュン氏が亡くなって間もないので、街なかではまだ彼の広告を目にしてハッとする