名作ドラマ『マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~』のドンフン役で、多くの悩める人々を励ました俳優イ・ソンギュン氏が亡くなった。

 筆者は20年前から彼に注目していたので喪失感が大きく、悲しみはなかなか癒えないが、多くの作品を残してくれたので、いつでも彼に会えるのが救いだ。

 今回はイ・ソンギュン氏の追悼企画として、40作近い出演映画のなかから、彼らしい繊細な演技が見られる5作品を紹介しよう。

■初々しいイ・ソンギュン氏に会える『初恋のアルバム ~人魚姫のいた島~』(パク・フンシク監督/2004年)

 夫を探しに島に行く母親(コ・ドゥシム)と娘(チョン・ドヨン)の彼氏ドヒョン(イ・ソンギュン)が同じ船に乗り合わせる。初対面なのでぎこちなく、会話はない。

 自販機で買った紙コップ入りのコーヒーを手渡しながら、船着き場でようやく話しかけるドヒョン。

 ドヒョン「コーヒーどうぞ」

 彼女の母「バイク便の仕事してるって?」

 ドヒョン「はい」

 母「ご両親は何してるんだい?」

 ドヒョン「私が子供の頃、亡くなりました」

 母「二人とも?」(自分と同じ境遇に驚き、あきれたように)

 ドヒョン「ええ……」

 母「それじゃ結婚も難しいね。娘が好きならたくさん稼ぐこった」

 30歳になるかならないかのうちに、ベテラン女優コ・ドゥシム相手にじつに自然に気まずい空気を醸し出しているのはさすがだった。

平壌から来た留学生役『アバンチュールはパリで』(ホン・サンス監督/2007年) 

 主人公(キム・ヨンホ)がパリ滞在中に韓国人留学生たちの飲み会に参加する。そのなかにはなんと北朝鮮平壌からの留学生(イ・ソンギュン)がいた。

 不躾な主人公から「キム・イルソンについてどう思う?」と聞かれ、イ・ソンギュン氏扮する留学生は、「偉大なるお父様に向かってそんな言い方は無礼でしょう」と静かにキレる。「じゃあ何と呼べと? 将軍様とでも?」と捨て台詞を残し、憮然として出て行く主人公。

 このときのイ・ソンギュン氏の演技は神がかっており、北朝鮮訛りもみごとだった。実際、北朝鮮の人に無礼を働いたら、こうなるだろうと感じさせる迫真の演技だった。

 主人公と北朝鮮留学生の縁はこれだけで終わらない。数日後、二人はパリの路上でばったり出会ってしまう。留学生は会釈だけして通り過ぎようとするが、主人公は関係を修復したかったのか、「先日はすみませんでした」とぎこちなく言う。留学生はそれをおおらかに受け入れ、コーヒーでも飲みましょうと誘う。

 カフェに行ったはいいが、二人の会話は弾まない。主人公は苦し紛れに「腕相撲しましょう」と言い出し、イ・ソンギュン氏扮する留学生は右腕も左腕も惨敗してしまう。勝ち誇る主人公。苛立ちを隠せない留学生。このときの怒りを飲みこもうとする表情には笑ってしまった。

 イ・ソンギュン氏は本当に演技が上手い。そう思わせられる北朝鮮人役だった。