すごい女優だなと思った。彼女が1920年代の日本人、文子を演じた映画『金子文子と朴烈(パクヨル)』を観たあと、現代の売れない歌手ソル役を演じた『アジアの天使』を観たのだが、同じ俳優とは思えなかった。

 1986年生まれのチェ・ヒソという女優のことである。

■チェ・ヒソはどんな女優?同一人物とは思えない、『金子文子と朴烈』の文子と『アジアの天使』のソル

 映画を中心に活動しているチェ・ヒソだが、チャン・ギヨンが年下カメラマンを演じた恋愛ドラマ『今、別れの途中です』では、アパレル会社のオーナーの娘でデザイナーのヒロイン(ソン・ヘギョ)の上司、かつ高校時代の同級生という役どころで存在感を放っている。同作では、物語のサブカップルとして名脇役キム・ジュホンとの大人の恋模様も話題を集めた。 

『金子文子と朴烈』でチェ・ヒソが演じた文子は、引っつめ髪の快活な日本人女性。『アジアの天使』のソルはショートボブで、勝ち気だが、涙もろい三流歌手。役柄の差はあるものの、まったくの別人にしか見えなかった。

 俳優を評価するモノサシのひとつに、役になりきる力がある。『キル・ボクスン』のソル・ギョング、『梨泰院クラス』のユ・ジェミョン、『マスクガール』のヨム・ヘランなど、俗にカメレオンと呼ばれる俳優は、作品ごとに「まったくの別人」を感じさせている。

 逆に、演技力はあるが、どんな役でも原形(本人)を感じさせる俳優もいる。ドラマ初主演作『サムシクおじさん』が話題のソン・ガンホはその典型だろう。悪人をやっても善人をやってもソン・ガンホはソン・ガンホなのである。

『金子文子と朴烈』と『アジアの天使』を観る限り、チェ・ヒソは前者だと思う。

■敵を味方に付ける難しい役に魂を吹き込む演技

『金子文子と朴烈』は、チェ・ヒソ扮する文子と『捜査班長 1958』のイ・ジェフン扮するヨルが、獄中にありながらも信念をつらぬこうとする姿や、民族を越えた愛を率直に表現する姿にすがすがしさがあった。

 そのひたむきさに、看守など彼らを取り締まる人々が心を動かされてしまう描写がこの映画の肝である。
敵に肩入れしてしまうという現実味に乏しい話なのだが、チェ・ヒソの熱演は、「そりゃ二人に感情移入しちゃうよな」と思わせるにじゅうぶんな説得力があった。

 映画の公開年、大鐘賞映画祭の主演女優賞と新人女優賞をダブル受賞したのも当然と思える名演技だった。

金子文子が獄死した1926年、光化門の後ろに移築された朝鮮総督府庁舎