韓国で暮らしていると、言葉の壁や文化の違いなど、さまざまな問題にぶつかることがある。とりわけ私が悩まされたのは「住まい」だった。穏やかに暮らしたいだけなのに、どうしてこうも難しいのだろう? そう感じたのは、一度や二度ではない。

 韓国ドラマにも、家探しやソウルの住宅事情が物語の背景としてしょっちゅう出てくるが、そのくらい身近で切実な問題なのだ。(記事全2回のうち前編)

■ソウルで120平米のアパート、月々の家賃ゼロのチョンセ暮らし

 渡韓して最初に住んだのは、「ハスク」と呼ばれる学生向け共同住宅。トイレ、シャワー、洗面台がひとつの空間にまとめられていたので、毎朝、住人同士の争奪戦が凄まじかった。

 逃れるように引っ越した先は、『パラサイト 半地下の家族』でも話題になった半地下ワンルーム。すると今度は、窓から舞い込んでくる粉塵と格闘する日々。ヴィラ(低層マンション)の3階に移ると、ちょっと変わった大家さんが待っていた。廊下でばったり出会したら、自作の詩の朗読会がはじまる。しかも毎回。これが長い。

 でも、これらは序の口だった。チョンセでアパート(高層マンション)を借りた時は、血の気が引く思いをした。

 チョンセとは、高額な保証金を家主に預ける代わりに、月々の家賃がタダになる韓国の賃貸システム。一般的に保証金は、売買価格の50〜70%で、退室時には全額返金される。

 経済的合理性はあるのかもしれないが、「万が一、トラブルが起きたら?」と考えると不安で、私は長らくウォルセ(家賃月払い)で暮らしていた。しかし、周囲を見わたすと、チョンセで家を借りている人が思いのほか多い。しかも、みんな問題なく住み続けている。意外と大丈夫そう? ならば私もそろそろ……と、意を決して、不動産屋へ相談に行った。不安よりも慣れが勝ったのかもしれない。

 Netflixドラマ『いつかは賢いレジデント生活』で、ク・ドウォン(チョン・ジュンウォン)&オ・イヨン(コ・ユンジョン)カップルがチョンセ物件を探しに不動産屋を訪れるシーンがあるが、韓国も日本同様、物件をあたるなら不動産屋へ足を運ぶのが一般的。アプリで探す場合もあるが、住みたいエリアがあるなら、その周辺の不動産屋に行くと、ネットなどでは公開されていない良い物件を紹介してくれることが多い。

 20軒ほどの物件を内見して、築4年になる2LDKのアパートに出会った。120平米あり、一人暮らしには十分すぎる広さだった。駅近で日当たりも申し分なし。システムキッチンにはキムチ冷蔵庫が完備されているのも、韓国っぽくて惹かれた。

 登記簿謄本を確認すると、抵当権が設定されていた。つまり、大家さんはこの家を担保に、お金を借りているということだ。気にはなったが、不動産屋によると、借入額は時価に対してごくわずかで、家主はきっちりした人だから「まったく心配いらない」とのことだった。私は20軒の中で一番気に入ったこの家を借りることにした。

 入居の日、心臓をバクバクさせながら、売買価格の6割を超える保証金を預けた。大家さんは物腰のやわらかい年配女性。契約を終え、別れ際には「家に不具合があったり、困り事があれば、いつでも連絡してね」とやさしい言葉をかけてくれた。

 引っ越しを機に、以前から目をつけていた家具と、背の高い観葉植物を購入し、家の中を思い描いていた空間に仕上げた。友人を招いてホームパーティーを開いたり、雑誌の撮影も何度か行ったりした。2年契約だったが、更新を重ねて、できるだけ長く住もう、そう思っていた。でも、人生は計画通りになんて進まない……。