Netflix配信の大ヒット作『エージェント・キム: リアクティべーティッド』で、ソ・ジソブ演じる主人公を追い詰める冷酷な悪者に扮して話題を集めたチュ・サンウク。そんな彼は、朝鮮王朝建国時の壮大な歴史をダイナミックに扱った傑作時代劇『太宗 イ・バンウォン~龍の国~』で、主役の李芳遠(イ・バンウォン)に扮している。
この時代劇では、キム・ヨンチョルが演じた李成桂(イ・ソンゲ)との親子関係が濃密に描かれている。この2人はどんな確執を抱えていたのだろうか。史実をもとに解説しよう。
■『太宗 イ・バンウォン~龍の国~』史実背景、李成桂の不公平な後継者選びを乗り越えて李芳遠はいかにして3代王になったのか
朝鮮王朝にいた27人の国王の中で、まさに「大王」にふさわしいのは2人だ。それは、王朝を建国した李成桂と3代王・太宗(テジョン)となった李芳遠である。
まずは李成桂から。一介の武将から大出世をして1392年に高麗王朝を滅ぼしている。すぐに朝鮮王朝を建国して初代王となった。しかし、その後に致命的な間違いをしている。それは世子に八男の李芳碩(イ・バンソク)を指名したことだ。
ちなみに、李成桂の場合は8人の息子がいて、第一夫人の神懿(シヌイ)王后からは長男から六男まで、第二夫人であった神徳(シンドク)王后からは七男と八男が生まれている。
この8人の息子の中で一番の実力者は五男の李芳遠だった。彼を世子に指名していれば何の問題もなかったのだが、李成桂はなんとまだ10歳にすぎなかった八男の李芳碩を世子にしてしまった。これは大失敗である。神懿王后の6人の息子たちが怒るのは無理もない。
なぜそんなことをしたのか。それは李成桂が溺愛していた神徳王后の願いを聞き入れた結果である。彼女は自分が産んだ子供を世子にすることに極端にこだわった。そこに執着したことによって、結局は李芳遠との対立を招いてしまった。
このあたりを見極めているはずの李成桂は、どんなに神徳王后に懇願されても、息子たちのパワーバランスを崩すべきではなかった。素直に李芳遠を後継者 にすれば、建国当初の後継者争いは起きなかった。結果的に、李成桂は神懿王后の息子たちの自尊心を著しく傷つけてしまった。
李芳遠からすれば、「父を支えて新しい王朝を建てたのは自分たちなのに、異母弟たちによって後継者の座を奪われた」という怒りが沸き起こった。それは、屈辱以外の何ものでもなかったのだ。建国功臣の息子たちにそういう思いをさせたということで、李成桂の後継者選びは致命的な失敗となった。
しかし、李芳遠は「王子の乱」で勝利して実力で3代王の太宗となった。彼は剛腕で朝鮮王朝の基盤を作り上げた大王だ。