■人喰いライオンの背後に呪術師の存在が!?
現地で当時囁かれた噂ではこうだ。
「呪術師マタムラ・マンゲラ(Matamula Mangera)が村長の座を追われたため、その復讐として魔術でライオンの群れを操り、村を襲わせた。ライオンの群れが去ったのはマンゲラが村長の座を取り戻したからだ」
人喰いライオンの群れの背後に、それを操る呪術師がいた!! 東スポが喜んで食いつきそうな特ダネだが、そうバカにしたものではない。呪術師とはいうが、実際には呪医(ウィッチドクター)として村長や部族長に次ぐ高位の存在で、地元では尊敬を集める存在だ。
実際、人喰いライオン事件から30年ほど前、まだ「ドイツ領東アフリカ」だったタンザニアで、1905年から3年にわたり地元民数十万人が参加した「マジ・マジ叛乱」は、キンジキティレという呪術師(霊媒師とも)に率いられたものだ。
彼の精製する「支配者ドイツ人の弾丸を水に変える秘薬」で鼓舞された民衆が一斉に蜂起したそうだが、それほど、呪術師という存在は「恐るべき力をもった超常的存在」と恐れられていたわけだ。ならば、ライオンの群れの一つや二つ操れても(そう考えたとしても)無理はない。
■で、実際のところ「人喰いライオン」を生んだのは……
ただ、後に動物学者たちの研究によってヌジョンベの人喰いライオンが生まれた原因はおおよそ突き止められている。残念ながら、呪術師説を唱える研究者はほぼ見当たらないようだ。
おおかたの研究者が指摘するのが、ヨーロッパからの入植者が持ち込んだ「牛ペスト(Rinder-Pest)」が原因だということ。その名のとおり、牛などの家畜に伝染する疫病で古くは旧約聖書にも登場する「世界最古の疫病」とされる。感染力がすさまじく、アフリカ大陸に上陸した途端、ライオンの主なエサだった水牛、カモシカ、ヌーなどに感染し、これらの草食動物の生息数は激減したという。
ここ数年の日本でのクマのニュースと同じく、それまで食べていたエサが無くなれば、「違うエサ」を求めて人里近くまで猛獣たちがやってくるのは当然の話。ヌジョンベではそれがライオンであり、「違うエサ」が身を守る爪も牙もない、なんなら毛も少なくて食べやすいわれわれ人間だったということだ。
結局のところ、「人喰いライオンの群れを退治した英国人スゲー!」とはなるものの、よくよく考えると、そもそもの原因を生んだのも英国人をはじめとした植民地経営者どもなわけで、いつだって迷惑をこうむるのは罪なき地元の民ばかり。呪術師も人喰いライオンを操るなら、あいつらを襲わせりゃいいのに……。
The Most Ferocious Man-Eating Lions/smithsonianmag.com/2009年12月16日
Three worst man-eaters in Africa: worst lion attack in history/The Afrinik
Man Knowledge: A History of Man-Eaters/the Art of Manliness/2013年3月7日
新刊書「史上最大の伝染病・牛疫:根絶までの4000年」/人獣共通感染症 連続講座第180回より/山内一也/公益社団法人日本獣医学会/2009年9月13日