■「記紀」に記された日本創生の神話
現在、内容が確認できる日本の歴史書で、最古とされるのが約1300年前の712年に成立したとされる『古事記』。さらに『古事記』の8年後となる720年に編まれたのが『日本書紀』である。この二つを合わせて「記紀」ともいう。
記紀には神々の時代からの描写がなされていて、『古事記』によると、天と地が分かれた時代に高天原(たかまがはら)という天界には天之御中主神(あめのみなかのぬしのかみ)、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)、神産巣日神(かむむすひのかみ)がいたとしている。この三柱の神を「造化の三神」といい、いわゆる創造神とされている。
そのころ、下界はドロドロとした状態であり、「国土」というべきものは存在しなかった。そこで先に挙げた三柱の神をはじめ高天原の神々は、二柱の神に地上を整えるよう命じる。イザナギ神とイザナミ神である。
■兄妹神が生んだ初めての子ども
イザナギは高天原から「天の沼矛(あめのぬぼこ)」という矛(ほこ)でゲル状の海を「ゴロゴロ」とかき混ぜ、したたり落ちた海水が固まってできたのが「オノゴロ島」。島に降り立ったイザナギとイザナミは、早速「国生み」は開始する。つまり、日本の国土は、イザナギとイザナミが交わって生まれた「神の子ども」というわけだ。
けれども、最初から国生みが順調に進んだわけではない。最初の子どもはヒルコ神というが、クラゲのように骨がなく、とくに足が不自由だった。そのため、アシを集めてつくった船に乗せられて流されてしまう。
いくら神様とはいえ、気に入らないからといって自分の子どもをあっさり海に流してしまうのはいかがなものか。「いくらなんでもひどいんじゃない?」と思わなくもない。しかも、イザナミはイザナギの妹だともされる。なかなかアブノーマルな香りもただよってくる。
■世界に残る同様の神話
とはいえ、日本神話の世界観では、海の彼方には幸福の世界である「常世(とこよ)」があるとされていた。また、ヒルコの名前の由来とされる「ヒル」が住んでいる泥の中は、古代においては生命力にあふれた場所とも信じられていた。これらのことから、イザナミとイザナギは、常世でヒルコの生きる力を向上させるため、あえて船で流したと解釈されることもある。
ただ世界を見まわせば、最高神や天地創造の神の子がハンディキャップを持っていたとする神話は少なからず存在する。ギリシャ神話によると、最高神ゼウスと正妻ヘラの第一子であるヘパイストスは、生まれつき足が悪くて自力で歩くこともできなかった。北欧の神話でも、最高神オーディンの息子のヘズは生まれつき目が不自由だったとされる。
神の第一子や第二子がハンデを背負って誕生したとされやすい理由については、多くの説が唱えられている。しかも、それらの神々は成長後に重要な神となっているのだ。
たとえば、ヘパイストスは海の神々に育てられてから神の世界に帰還し、鍛冶の神の座を与えられて英雄の武具をつくることになる。ヘズも兄と協力して新世界を治める神の一柱となっている。
では、日本のヒルコは、その後どうなったのか?
ヒルコは漢字で「蛭子」「蛭児」と書き、これはエビスとも読む。そう、商売繁盛の神様で名高い七福神の一人、戎(えびす)さまである。