■悪魔崇拝者の虐待を告発した女性?

当時としても破格の契約金で書籍化された『ミシェル・リメンバーズ』。これをきっかけに多くの女性が悪魔崇拝者による性的虐待を訴えた。

 1980年11月、『ミシェル・リメンバーズ(Michelle Remembers)という本がアメリカで出版された。著者はカナダの精神科医ローレンス・パズダー(Lawrence Pazder )。「ミシェルは思い出す」というタイトルにある”ミシェル”とは、彼の患者で後に妻となったミシェル・スミス(Michelle Smith)だ。

 

 そもそもはうつ病治療のため、カナダ・ブリティッシュコロンビア州にあるパズダーの診療所に通っていたミシェル。だが、パズダーが独自の治療「記憶回復療法」をミシェルに施した結果、彼女が5歳児の声で話し始めたと主張した。しかもその内容とは、

 

「5歳のとき、母親による悪魔の儀式で虐待された」

「キリスト教会誕生以前から存在する世界的な組織『悪魔の教会』によって虐待された」

 

 というにわかには信じがたいもの。しかしミシェルは、性的暴行を受け、様々な儀式へ強制的に参加させられ、生贄(いけにえ)にされた幼児や成人の血液や体の一部をこすりつけられた、など虐待の具体的な様子も詳細に語ったという。

 

 カナダ王立医学協会の特別研究員という権威ある精神科医によるショッキングなリポートは、『ナショナル・エンクワイアラ―』『ピープル』などタブロイド誌で取り上げられ、一躍話題に。さらにリポートの書籍化に向け、パズダーとスミスはアメリカ中を宣伝ツアーして回り、30万ドルを超える出版契約を獲得と大成功を収めたのだ。

 

■悪魔崇拝の告発が全米で1万2000件も!

書籍が刊行されるや「私も悪魔崇拝の儀式の犠牲者です」という声が全米から……(画像はイメージ) 画像:Shutterstock

 こうして発売前から全米で話題を呼んでいた、サタニスト(悪魔崇拝者)による儀式的虐待についての告発。さらにミシェルの“勇気ある告発”に影響を受け、アメリカ全土で彼女同様に「サタニストによって儀式的虐待を受けた」という主張が1万2000件以上も報告され、結果、第1回でご紹介した「サタニック・パニック」を引き起こすきっかけとなったのだ。

 

 ただし、この衝撃的な告発については、書籍の刊行前から数々の疑問の声が投げかけられていた。『ミシェル・リメンバーズ』刊行直前には、ミシェルの父や本では存在自体消されていたミシェルの2人の兄など関係者に取材した記事が発表され、サタニストや虐待を全面否定していた。

 

 結局、ミシェルの証言に矛盾や虚飾が次々と発覚し、後にこの本の内容は証拠も根拠もないフィクションであったことが判明した。ただし、どれだけ否定的な論証がされたところで、一度火がついてしまった集団ヒステリーは収まらさなかった。

 

 なかには、全米ナンバーワンのテレビタレント、オプラ・ウィンフリー(日本で言えば黒柳徹子か上沼恵美子)が、自ら番組で「ミシェルの証言に議論の余地はない!」と支持。「悪魔崇拝への恐怖」はむしろ根強く広まっていったのだ。

 

 世界のリーダーとして振るまっていた超大国アメリカ。しかし人々は、存在しない「悪魔崇拝者グループ」の残虐な儀式の噂に怯えていた。そして、このサタニック・パニックをさらに炎上させた事件が、1984年に起こっていた。

 

 保育園の子どもたちが保育士に性的虐待を受けたという告発に始まる、通称「マクマーティン保育園裁判事件」。この事件がなぜ、現代の魔女狩りというべき「サタニック・パニック」を加速させたのか? その謎と経緯については次回、【第3回】で取り上げていこう。