■別名「チャイナ・ホワイト」のワケは?

 ところで、フェンタニルは別名「チャイナ・ホワイト」、「チャイナ・ガール」とも呼ばれている。なぜ、全米で蔓延しているドラッグに、中国の名前が冠されているのかというと、実は、中国で生産された原料がメキシコで加工され、アメリカに密輸されるているからだ。

 

 2007年3月、中国系メキシコ人実業家のジェンリ・イェ・ゴン(Zhenli Ye Gon)の自宅にメキシコ政府が立ち入り、2億700万米ドル、1800万メキシコペソ、20万ユーロ、11万3000香港ドルなど総額約250億円の現金紙幣と、メキシコの金貨や大量の宝石などが押収された(注1)

注1/金額は2007年当時の為替レートをもとに計算(参考:世界経済のネタ帳/為替

 

ジェンリ・イエ・ゴン

ジェンリ・イェ・ゴンの自宅から見つかった莫大な現金と貴金属

画像:DEA,Public Domain,via Wikimedia Commons

 この男の名前とエピソード、覚えている方もいるかもしれないが、実は、以前に公開した記事「水原一平はまだ甘い!? 世界のカジノを騒然とさせた伝説的ルーザーたち」で紹介している。

 

 事の発端は2006年、メキシコ・カルデナス港で密輸されたメタンフェタミン(いわゆる覚せい剤)の原料約20トンがイェ・ゴンの船から押収されたことだ。

 

 上海生まれで2003年に中国系メキシコ人の会社令嬢と結婚し国籍を取得し、すぐさま製薬会社を設立。地元ではやり手のビジネスマンとして知られていたイェ・ゴンだが、その一方で、メキシコの麻薬密売組織のなかでも最大勢力と言われる「シナロア・カルテル」のメンバーだと当局からマークされていた。カルデナス港での摘発もこの捜査の一環だったのだ。

 

ジェンリ・イェ・ゴン

「中国ルート」のカギを握るとされるジェンリ・イェ・ゴン(身柄引き渡しの様子)。

画像:moneyinc.com2023年10月13日記事 「20 Richest Drug Richest Drug Lords in the World As of 2023」より

 事件当時はアメリカに滞在していたイェ・ゴンだが、違法薬物の密輸やマネーロンダリングの罪で米・DEA(麻薬取締局)により逮捕。一部の罪は棄却されたものの10年近くをアメリカの刑務所に収監されることになる。そして、2016年にメキシコ政府に引き渡され、重犯罪者専用と言われるエル・アルティプラーノ最高警備刑務所に収監。12件を超す重大犯罪で懲役25年を宣告され、いまも裁判闘争中だ。

 

■合成オピオイド禍は新たなアヘン戦争か?

オピオイド

アメリカを蝕む「オピオイド禍」は新たなアヘン戦争ともいわれている!?

画像:Shutterstock

 このイェ・ゴンの事件だが、メキシコでも最大級の麻薬密売カルテルが背後にいるとされることも注目のポイントだが、それ以上に、きな臭い背景が囁かれている。

 

 そもそも上海からメキシコに移住してたった3年で巨額の麻薬(原材料の)取引の資金や、自宅で見つかった莫大な現金をどこから入手したのか? また、約20トンにも及ぶドラッグの原材料を中国から輸入するルートはどこで開拓できたのか? イェ・ゴンの背後に中国政府の存在を指摘する声もある。

 

 実際、2024年4月16日、米国下院の中国共産党に関する特別委員会は「フェンタニルの原料の製造について、中国政府が援助している」とする報告書を出した。さらに、この報告書によれば、中国政府はフェンタニルの原料を製造する企業に対し、海外に販売する場合に限って補助金を出しているという。

 

 フェンタニルの蔓延は中国がアメリカ社会の崩壊を狙って仕掛けた「現代のアヘン戦争」だと評されることもある(ある意味、本物のアヘン戦争から約180年越しの報復なのかもしれない……)。

 

■もはや合成オピオイド汚染は日本にも!?

 さて、ここまでは「アメリカはドラッグ大国だなw」「米中のドラッグ戦争かぁ」と他人事のように思っている読者もいるかもしれないが、そうとも言っていられない状況である。フェンタニルと並んで危険な合成オピオイドとして知られる「オキシコドン」については、日本でもすでに強力な医療用麻薬として流通していおり、某大手自動車メーカーの女性役員が麻薬取締法違反で逮捕されたこともある(後に不起訴処分)。

 

オキシコドン

プリンスやMJも常用していたとされる合成オピオイドの一種「オキシコドン」。

画像:Shutterstock

 また、合成オピオイドの仲間「コデイン」は日本では咳止め薬として一般的だが、これも一時期若者の間で軽めのドラッグとして濫用された過去もある。さらに、2010年ごろ、「脱法ハーブ」「危険ドラッグ」が流行して社会問題となったこともある。「手軽に入手できるドラッグ」の誘惑は、すでに日本の若者にも及んでいるのだ。

 

 しかも、世界各国では大麻の使用を合法化する傾向があり、一部地域ではハードドラッグを合法化する動きも高まっている。現在のフェンタニルをめぐる問題は「対岸の火事」と安心していられないかもしれない。