夜の街は、表の煌びやかさとは裏腹に、時に人の皮をかぶった「怪物」が潜んでいる。連載第34回で紹介した「50代の新人黒服Y」もその一人だ。ただし、そんなモンスターはもちろん男に限らず、女のなかにもいる。これは、20代前半の頃に歌舞伎町のキャバクラで出会った「プレデター(捕食者)」の話だ──。
■歌舞伎町の店で出会ったカナエ
その当時、私が働いていたキャバクラはキャストの年齢層が若く、ほとんどが18歳から20代前半。特に目立っていたのは、地方から上京してきたばかりの子たちだった。
そんななか、ひときわ異彩を放つキャストがいた。名前は「カナエ」。都内出身のカナエは、派手なファッションとブランド物に身を包み、地方から出てきた女の子たちにとっては憧れの存在だった。
「カナエちゃん、東京のおしゃれなお店連れてってよ!」
「どこの美容室行ってるの? 私にも紹介して!」
そんな声が、カナエの周りに絶えなかった。彼女は営業が終わるとよくキャストらを誘い、夜の街へと繰り出していった。行き先は決まってホストクラブやボーイズバーといった、男性が接客する店だ。
私も一度、ほかの女の子と一緒にカナエが「行きつけ」だというホストクラブに行ってみたことがある。そこではカナエが当然のように高級ボトルを次々と注文し、テーブルには煌びやかな瓶が並べられていた。
■カナエに感じた「ウラの顔」
そんなカナエに対して、地方から出てきたキャストたちは羨望(せんぼう)の眼差しを向けていた。
一方、私はホストクラブにはたまに行く程度で、いつも初回料金の範囲内で気軽に楽しむくらいだった。そのため、カナエの「一晩で何十万も使う」という遊び方には少しなじめず、次第に彼女と遊びに行くことはなくなっていった。
また、私にはカナエにどこか裏の顔があるように見えていた。表向きは皆の人気者で、地方出身の女の子たちの相談にも親身に乗ってくれる頼もしい存在だったカナエ。ただ時折、彼女の目つきが鋭くなる瞬間があり、それは背筋が凍るような威圧感を放っていた。
たとえば、ホストクラブで気に入らない接客があると、すぐにスタッフを呼びつけて厳しく文句を言う。ときには、その場で高圧的な口調で相手を問い詰め、「東京ってこういうところだよ」と豪語するカナエに、他のキャストたちは口出しできず、ただ静かに見守るしかなかった。
■笑顔の奥にある不気味な何か
さらに、カナエはお金に関してもシビアだった。
ある新人キャストが、彼女と一緒にホストクラブに行ったときのことだ。 会計の際に少し手持ちが足りなかったので、カナエが5000円ほど借してくれたという。だが、彼女が少し期間を開けて、お金を返そうとしたとき、カナエは「すぐに返さない人は信用できない」と冷たく言い放ったのだ。
そのときのカナエの表情は、普段の親しみやすさとはまるで別人だった。柔らかな笑顔が消え、鋭い目で相手をじっと見据え、無言の圧力をかけている。その場の空気が一瞬にして凍りつくような、容赦のなさが垣間見えた。しかし、数秒の沈黙の後、カナエの表情はふっと変わり、いつものように微笑んだ。
「嘘だよ、全然気にしてないよ(笑)」
新人の子は一瞬泣きそうな顔になったが、安堵の表情を浮かべてホッとした様子だった。だが、まるで相手をマインドコントロールするかのようなカナエの笑顔の奥に、私は得体の知れないモノを感じたのだった。