■創建約2700年の「いしきりさん」
大阪の方言では、「腫れ物」や「できもの」のことを「でんぼ」という。そんな「でんぼ」の治癒にご利益があるというのが、大阪府東大阪市の石切劔箭神社(いしきりつるぎやじんじゃ)、略して「石切神社」。地元では「いしきりさん」の名で親しまれている。
腫れ物・できものというピンポイントにご利益があるということで、これまで紹介してきた「御髪神社」や「歯神社」、「御金神社」のような、こぢんまりとした比較的新しい神社を思い浮かべる人がいるかもしれない。
だが、石切神社は境内も広く、本殿のほかに神楽殿や神輿殿などの社殿、いくつかの摂末社に会館、庭園も設けられた規模の大きい神社だ。歴史も古く、創建は初代天皇である神武天皇が即位した翌年。いまから約2700年前だと伝わっている(注1)。
注1/明治政府が定めた神武天皇即位の年(皇紀元年)を西暦の紀元前660年を基準とした場合。
■格式高い神がなぜ「でんぼ」?
祭神は饒速日命(にぎはやひのみこと)と子どもの可美真手命(うましまでのみこと)。饒速日命は、神武天皇が日向国(現在の宮崎県)から東へ進行するのに先立ち、オカルト好きには「古代日本のUFOでは?」などと言われる天磐船(あまのいわふね)に乗って河内国(現・大阪府)に降臨した神だ。
その後、饒速日命は大和国(現・奈良県)に移ったとされ、その子・可美真手命は、ヤマト王権に軍事で仕え、最近では人気漫画『呪術廻戦』の元ネタのひとつとも言われるミステリアスな豪族、物部氏の祖先として崇拝されてきた。
つまり石切神社は、規模も由緒も関西屈指の神社なのだ。そんな格式ある神社が、なぜ「でんぼ」の神様とされるのか?
公式HPの説明によれば、「でんぼ」は「伝法(でんぽう)」のことで、代々宮司を務めてきた木積(こづみ)家に伝わる秘法を指すとする。この祈祷などで使われる伝法が、いつのまにか「でんぼ」となったらしい。また腫れ物が拡大解釈され、いまは「がん封じ」にもご利益があるとされている。
■剣と矢で悩みをスパッと解決!
石切神社は大阪府と奈良県の境である生駒山のふもとにあり、最寄りの近鉄・石切駅から長い坂道の参道を下っていく。坂を下り切った右手に石切神社の鳥居があるものの、左側に目を移せば堂々とした山門が構えている。
参道はこの山門と鳥居のあいだを横切っているのだが、「あれ、山門と言えば寺院ではないの?」と思う読者もいるかもしれない。実は、この山門の正式名称は絵馬殿といい、1963年の建立。
寺院ではないので仁王像ではなく、饒速日命と可美真手命のご神像が安置され、屋根の頂には石切劔箭神社という社号を示す「劔(剣)」と「箭(矢)」がそびえている。そもそも「石切劔箭」とは、御神威が岩をも切り裂くほど大きく鋭いことに由来していて、祈願すれば、この霊験あらたかな御神威でスパッと病気が治癒するとされてきたのだ。
なお、神社の名前にゆかりのある御神宝の刀剣などが宝物殿に収蔵されていて、毎年秋には一般公開されるので、鑑賞にいく絶好のチャンスだ。