現在、タイのパタヤに滞在中のカワノアユミ。タイ人にとって、霊的な存在である「ピー」は単なる迷信を超えた、文化や生活に深く根ざしている。
「ピー」とはタイ語で幽霊や霊魂、あるいは精霊などを指し、多くの場合、死者の魂や自然の中に宿る霊的存在を意味する。そのため、タイではホラー映画がとても人気があり、ピーにまつわる怖い話は老若男女問わず語られているという。今回は、タイ人から聞いたピーに関する話を書こう。
■深夜、タイの田舎道を走るバス
タイの長距離バス、通称「ロットゥー」。ミニバンを用いた主に地方都市を結ぶ乗り合いバスで、地元の人々や観光客にとって便利な交通手段だ。しかし、その便利さの裏に潜む闇の噂を耳にする者は少ない。
ある深夜のこと、タイの田舎道を一台のロットゥーが走っていた。運転手のボス(仮名)は、20年以上この仕事をしているベテランだ。バンコクでの仕事を終えて、家族が住む東部の街へと帰る途中だった。
夜間の運転には慣れているとはいえ、薄暗い田舎道に差し掛かると、いつもとは違う緊張感が走った。深夜の田舎道は街灯もなく、静まり返っている。ボスが唯一頼れるのはヘッドライトの淡い光だけだった。
■突然、屋根から「ドンッ!と…
突然、「ドンッ!」という大きな音がボスの頭の上で響き、慌てて急ブレーキを踏んだ。
「何だ⁉」
ロットゥーを停めて外に出てみたボスはア然とした。車体の屋根に大きな石が転がっていたのだ。落石でも当たったのかと、あたりを見回すが特に変わった様子はない。走っていた道はまともに舗装されてない砂利道だ。
「こんな大きな石がどこから?」
不審には思ったが、こんな真っ暗な田舎道に長居はしたくない。運転席に戻ったボスは警戒しながらも、再びロットゥーを走らせた。
しかし、数分後、またしても「ドンッ!」という音が響いた。今度は車が左右に揺れるほどの衝撃だ。ボスは慌てて停車し、再び外へ出た。よく見ると、ロットゥーのフロントガラスにひびが入っていた。だが、あたりには誰もいない。そのとき、頭上から不気味な笑い声が聞こえた。
■下半身がドロドロに溶けた男たち
ちょうど道路をまたぐように橋がかかっており、その上に数人の男が立っていたのだ。しかも、手には石や棒を持っており、明らかに不穏な空気を醸している。
嫌な予感がしたボスは、急いでバスに駆け込んだ。しかし、バスを動かそうとするも、エンジンがかからない。しばらくすると男たちが近づいてきて、ロットゥーのドアを叩き始めた。そのとき、ボスは“あること”に気づいた。
「こ、こいつら……足がない!
車の窓越しに見える男たちの下半身は、ドロドロに溶けているように見えた。それを見た瞬間、車内には冷たい空気が流れ込んできたように感じた。
「まさか、こいつら……」
ボスは恐怖でガタガタと体が震えたが、それでもなんとか震えをおさえ、必死にエンジンをかけようとした。