僕が泊まる韓国の宿には、いつも温泉マークがついていた。記憶を10年ぐらい遡ってみても、温泉マークのある宿しか浮かんでこない。

 韓国には年に3、4回は訪ねていたと思う。ソウルに1泊という日程もあったが、韓国内を歩きまわることも多く、1年の滞在日数はトータルで20日ぐらいにはなった。そのすべてが温泉マークの宿……そんな気がする。いや、同行する人に合わせて、ホテル風の宿に泊まったことは1回ぐらいあったかもしれない。

■韓国の個人旅行、温泉マークが安い宿の目印だった

 韓国の温泉マークの宿は、途中からモーテルと呼ばれることが多くなったが、以前は韓国語の看板しかなく、「MOTEL」という英語もなかった。僕は韓国語が読めないから、もっぱら温泉マークを探して泊まっていた。

 この種の宿は、日本にも昔はあった温泉マーク宿と似ていて、連れ込み宿でもあった。しかし日本のその種の宿より許容範囲はもう少し広く、仕事で使う人や、旅行者も利用していた。旅行者にとっては、もっぱら安宿の代名詞になっていた。

 温泉マーク宿はネット予約の外にぽつんと置かれていた。宿を訪ね、「部屋はありますか」という世界だった。僕のような旅人には好都合だった。その日、どこまで行くかわからないような旅をつづけていた。着いた街の駅前で、温泉マーク宿をみつけて泊まればよかった。1泊1000円から2000円という時期が長かった。

韓国の慶尚北道・倭館駅前にて。看板の温泉マークが宿の目印(2010年) 撮影:中田浩資

  ソウルではソウル駅周辺に泊まることが多かった。やはり温泉マーク宿だった。はじめの頃は、ソウル駅の西側にある宿にいつも泊まっていた。体の弱いご主人と世話好き奥さんが切り盛りしていた。かたことだが日本語も通じた。5年ぐらいその宿をひいきにしていたが、あるとき、宿は前触れもなく閉鎖されてしまった。

 その後、ソウル駅の東側に移った。突然、消えてしまうかもしれないという不安がそうさせたのか、6軒の温泉マーク宿を気分で泊まり歩いていた。温泉マーク宿は安宿だから、設備に差はほとんどない。どこに泊まっても同じようなものだったのだ。