韓国の東海岸にある浦項(ポハン)市の九龍浦(クリョンポ)。そこには戦前の日本が息づいていた。

 九龍浦神社跡を訪ねた後、街のなかに入ってみた。そこで目にしたのは、丁寧に残された日本だった。

■韓国客が行き交う九龍浦の日本人町、旧家は博物館に

 港に沿った曲がりくねった路地……。そこで目にしたのは、軒の低い2階建ての木造家屋がつづく街並みだった。韓国の街には木造家屋が少ない。コンクリートづくりに家が多い。木造家屋が残っていても、そのほとんどは韓国風だった。しかしこの路地は違った。そんな韓国のにおいがなにもない。

 日本だった。戦前の日本家屋をそのまま残していたのだ。道に面してすりガラスがはめられた引き戸がある。つくりは仕舞屋風である。そんな家々が路地に沿って連なっている。日本でもこれほどみごとに戦前の家屋が残っている路地は少ない。

 しかしそこを歩いているのは韓国の若者たちだった。なかには浴衣姿の女性もいる。レンタルショップがあるようで、そこで着付けをしてもらい、日本風家屋の前で写真を1枚。彼らの笑顔には、韓国と日本の間に横たわる過去はない。

 さらに進むと、総2階建ての立派な日本家屋が現れた。のぞくと松の木が植えられた日本風庭園もある。なかから韓国人がぞろそろと出てくる。入ってみると、そこは日本を集めた博物館「九龍浦近代歴史館」だった。

 客間にはかけ軸が吊るされ、居間にはこたつまである。床の間には日本の人形が飾られていた。トイレや風呂、台所も日本だった。日本を丸ごと集めているのだ。

近代歴史館になっていた橋本家の台所。まったくの日本風だ

 館内の案内を読むと、この家は橋本家という戦前の九龍浦にいた日本人実力者の家だった。

 眺めながらひとつの疑問が湧いた。路地に並ぶ家々、そして橋本家の邸宅、これは戦争が終わってから住む人もいなく放置されていたのだろうか。