韓国の大衆交通(テジュンキョトン/韓国ではよく使う言葉)といえばバスだ。鉄道は地下鉄のあるソウルや釜山などの大都市でこそ身近だが、全国的に見ればバスが庶民の足である。
しかし、バスが映画やドラマで絵になるかと言うとそれは疑問だ。バスが大衆交通の王位に君臨しているのは安くて便数が多いから。きわめて実用的な理由なので情緒には乏しい。その点、鉄道や駅は1980年代の昔から旅情豊かなアイテムとして映画やドラマにたびたび登場している。
■韓国で撮影地巡礼ブームのきっかけを作った『砂時計』の正東津駅
韓国の40代以上に「ドラマに出てくる印象的な駅は?」と聞けば、多くの人が「正東津(ジョンドンジン)」と答えるだろう。1995年のドラマ『砂時計』(Prime Video配信中)に登場した東海岸に面した駅だ。
『砂時計』は、光州民主化運動弾圧の実映像を初めてドラマに生かし、激動の1970~90年代を描いた作品だ。主演は『マスクガール』や『善徳女王』のコ・ヒョンジョン。韓国における撮影地巡礼は、この正東津駅で始まったと言っていい。
チャン・グンソク主演ドラマ『ベートーベン・ウィルス〜愛と情熱のシンフォニー〜』も正東津駅で撮影された。コン・ユとキム・ゴウン主演の『トッケビ〜君がくれた愛しい日々〜』が撮影された注文津海岸は、この正東津駅から25キロくらい北上したところにある。
最近のドラマでは、Netflix『無人島のディーバ』の7話が記憶に新しい。
ソウルのターミナル駅の有人カウンターで、パク・ウンビン扮するモクハが、「いちばん空いていて、遠くへ行く列車はどれですか?」と言って乗車券を買う。モクハがムグンファ号でたどり着いたのは、慶尚北道の咸昌(ハムチャン)駅だった。
また、Netflix最新人気作『ドクタースランプ』5話で、傷心のハヌル(パク・シネ)が佇んでいたのは、大邱広域市の軍威郡にある花本駅だった。
このように、地方の無名駅がドラマや映画の撮影をきっかけに脚光を浴びるのは最近の傾向だ。花本駅のような日本植民地時代に建てられた駅舎が注目されるのは、ここ数年のニューレトロ(レトロモダン)ブームと無縁ではないだろう。