冬のソウルは寒い。そして乾燥している。12月ある日、夕方のソウルの街を歩いていると、電光掲示板が目に止まった。
「気温4度、湿度15%」
寒さは防寒具を着こみ、使い捨てカイロを背中に貼り……といった対処策はある。しかし湿度はどうしようもない。
冬のソウルでは何回も風邪を引いた。10年ほど前、ひどい状態になったことがある。釜山で韓国に入国し、列車やバスを乗り継いでソウルに向かった。途中の大邱に泊まったが、そのあたりから体調がおかしかった。ソウルに着いたときは寒気がした。熱が出てしまった。
そのときはソウル在住の日本人との打ち合わせがあった。しかし座っているのもつらかった。そして彼らに同伴してもらい薬局に向かった。
韓国は寒い上に乾いているから、風邪治療薬は充実していた。症状を伝えると、まず2種類の薬をくれた。解熱剤、咳止め。そして飲み方の説明を受けた。このあたりまでは日本の薬局と大差はない。しかしその先が韓国だった。
カウンターの横にはガラスケースがあった。そこには日本のアンプル状風邪薬の3倍ほどの大きさのガラス壜に入った薬が温められていた。薬局の説明では、韓方系の薬だという。
「とにかくこれを水のように飲みなさい。いくら飲んでも大丈夫。飲めば飲むだけ、早く治りますから」
その言葉に元気づけられ、1本を買ってみることにした。
「1本? 少なすぎます。最低で20本。水のように飲むんですから」
「20本?」
「ただ温めて飲まないと効果が薄い。ホテルに電子レンジはありますか?」
泊まっていたのは、ソウル駅に近い温泉マークを掲げた安宿だった。宿のおじさんの部屋に電子レンジはあるのかもしれないが、僕が泊まる部屋では、そんなものは望めなかった。
「わかりました。毎日、ここにきなさい。1日最低でも5本は飲まないといけません。飲む前に2~3本もってきなさい。温まっているものと交換しますから」
薬局は宿から歩いて2分ほどだった。僕は毎日、熱で重い体を引きずるようにして薬局に向かった。そのたびに何本飲んだかと訊かれる。もう必死だった。風邪を治すことに必死というより、その薬を飲むことに振りまわされていた。
その薬は安かった。1本50円ほどだった記憶がある。がぶ飲み系だから、高かったら誰も買わない。
その薬は効いた? よくわからない。3日目には風邪は消えてくれたが。