韓国の引っ越しシーズンといえば、春。特に新学期や新生活が始まる3月は、不動産業界の繁忙期とされている。単身者なのか家族なのかによって事情は異なるけれど、この時期になると私が住むエリアでも、家財道具を積んだトラックや、引っ越し業者のはしご車が道をふさぐ。そんな風景を目にするたび、私は自分の「あの引っ越し」を思い出す。
■「チョンセ」「ウォルセ」……韓国の賃貸事情
韓国で引っ越すと決めたら、まずやるべきは家主に退去を知らせること。「チョンセ」の場合は契約満了の数か月までに、「ウォルセ」の場合は1か月前までに通知するのが一般的だ。でないと契約は自動的に更新され、タイミングを逃すと次の引っ越しに大きく響く。
韓国には「チョンセ」という独特な賃貸制度がある。これは月々の家賃は不要、その代わりに巨額の保証金を一括で預けるというものだ。ゼロが8つ、9つ並ぶような大金を預けることになる。円にすると数百万円から数千万円。私も過去に8桁ウォンの保証金を預けていた。
もちろん、そんな大金が用意できる人ばかりではない。しかも、近年は保証金の相場自体が大幅に上昇している。そこで主流となってきたのが「ウォルセ」と呼ばれる月払い方式だ。保証金は控えめだが、月々家賃を支払うスタイルで、日本の賃貸制度にも近い。
その中間が「半チョンセ」。ある程度の保証金を預け、家賃は抑えるという折衷案で、私も近年はこちらを利用している。
■忘れられない保証金返金トラブル
とはいえ、大金を預ける以上、リスクもある。実際、私も一度だけ大きなトラブルに巻き込まれた。
そのときも、いつものように引っ越しを決意し、家主には事前に通知した。新しい物件を探し回り、ついに理想的な家を発見。気に入って、すぐさま契約し、500万ウォンを契約金として支払った。あとはいま住んでいる家の保証金5000万ウォンを回収して、残りの4500万ウォンを支払えば完璧――のはずだった。
ところが、新居契約後になって前の家主が「返せない」と言いだした。次の入居者が決まらなければ、そんな大金は用意できない、と。どうやら私の預けた保証金は、すでに別の用途に消えてしまっていたようだった。
……いやいやいや。それってアリ?
■なぜ私が土下座マラソンを?
私は完全に青ざめた。すでに新居の契約金は払ってしまっている。期日までに4500万ウォンを支払わなければ新居に入れないばかりか、契約金500万ウォンも戻ってこない。大ピンチだ。
そこから始まったのは、泣きの土下座マラソン。友人に、知人に、仕事先に、「お願い、数か月だけでいいから……」と電話をかけまくる日々。まるで韓ドラでよく見る「急な資金調達エピソード」の主人公さながらに、私はソウルの街を駆けずり回った。誇張ではなく、朝から晩までひぃひぃ言いながら多くの人に会った。なんなら日本在住の友達にも頼み、少しずつ韓国に送金してもらった。
正直、これをやるべきは私に返済義務のある家主のはず。なぜ私がこんなに奔走しなければならないのか。腹立たしい気持ちが込み上げてきた。
新しい入居先を仲介してくれた不動産業者が2000万ウォンを貸してくれたこともあり、奇跡的に契約には間に合った。3か月後には前の保証金もようやく回収できたが、その後はまた借金返済とお詫びの嵐。私の胃腸はすっかりやられてしまった。