Netflix人気作『暴君のシェフ』では、新進気鋭のイ・チェミン暴君イ・ホンを果敢に演じていた。この暴君のモデルになっていたのが、朝鮮王朝10代王の燕山君(ヨンサングン)だ。彼については正史『朝鮮王朝実録』が生々しくその所業を暴いている。それを翻訳してみると、どんなことがわかってくるのか。

■『暴君のシェフ』国王のモデル、『朝鮮王朝実録』は傲慢にふるまう燕山君の悪行を厳しく書いていた

 朝鮮王朝の正式な歴史書『朝鮮王朝実録』では、歴代王の言動が詳細に記されている。1506年の項目を読むと、燕山君がやってきたことを細かく紹介しているが、まずは母親の廃妃・尹氏(ペビ・ユンシ)から話を始めている。

「尹氏は性格が悪くて嫉妬ばかりしていた。王族の長老女性たちは尹氏が悪事を働くことをいつも警戒していた。それなのに、悪事がどんどん激しさを増したために、成宗(ソンジョン)が王命を下して尹氏を廃妃にした(後に死罪)。そのときはまだ燕山君が幼かったが、育つにつれて、成宗は息子が母と死に別れたことを気の毒に思った。とはいえ、長男であることを重視して世子に冊封したが、燕山君は母親に似て嫉妬深くて性格も歪んでいただけでなく、知恵も足りなかった」

 このように、『朝鮮王朝実録』は燕山君の性格の悪さを指摘した。

「成宗は優秀な儒学者を師匠に選んで燕山君を正しい方向に導こうとした。確かに、燕山君は師匠のそばにいながら年を重ねたが、結局は物事の道理に通じることができなかった。たとえば、成宗が試しに質問したことを燕山君はまったく答えられなかったのだ。

 成宗は燕山君に対して『勉学にまったく力を入れず、いつまで愚かなことをするのか』と叱ったので、彼は父に会うのを避けるようになった。たとえ呼び出されても、『からだが痛い』と言い訳をして、行かないことがしばしばだった」

 こうした記述を見ても、燕山君が学問を怠けていたことがよくわかる。

「あるとき、成宗が呼び出しても、燕山君は病気を偽って出てこなかった。不審に思った成宗が内官を送り様子を見に行かせたところ、やはり仮病だった。それなのに、燕山君は内官に対して 『もしも病気じゃなかったと告げ口をしたら、お前を殺してやる』と脅した。内官は恐ろしくなって『病気でした』と報告した。

 成宗は仮病であることがわかっていた。世子を廃したいと強く思うようになったが、他の後継ぎの候補がいなかったし、燕山君が幼くて頼れる人もいないことを哀れに思い、結局はそれができなかった」

 成宗は燕山君が国王の器でないとわかっていても、世子を変えなかった。それが結果的に良くなかったことは明らかだ。