■急転直下!明らかになる経歴偽装
しかも同じ1989年3月には、アメリカ人医学生マーク・キルロイがメキシコで悪魔崇拝のカルト集団に拷問や儀式的虐待の末、殺害される事件が発生した。主犯とされたフロリダ出身のキューバ移民の息子で、悪魔崇拝のカルト教団教祖(かつ麻薬ギャング)だったアドルフォ・コンスタンツは、同年5月、警官隊に囲まれ自殺。教団の拠点からは、儀式に使われたらしき大釜から、バラバラにされた15人の遺体が発見され、その一つがキルロイのものと判明した。
現実に悪魔崇拝者による殺人が白日の下にさらされ、ストラットフォードの主張は真実味がさらに増したと思われたのだが、翌1990年、大きな転機が訪れる。キリスト教福音派の歴史ある雑誌『コーナー・ストーン』誌上で、「『悪魔の地下室』はデタラメ、ストラットフォードは詐欺師」という告発記事が掲載されたのだ。
記事によれば、ストラットフォードは本名ローレル・ローズ・ウィルソン(Laurel Rose Willson)。1941年、ワシントン州タコマで生まれ、両親は悪魔崇拝者どころか敬虔なクリスチャンだったという。さらに2人の姉妹や、カリフォルニアで教会の楽士として勤めていた当時の同僚などの証言から、ストラットフォードことウィルソンの経歴詐称が暴かれることになった。
また、「悪魔崇拝者にレイプされ、3人の赤子を産んだが、うち2人はスナッフ(殺人)・フィルムの犠牲になり、残る1人も儀式の生贄にされた」と彼女は語っていたが、妊娠・出産を示す証拠は見つからなかった。斯くして、1990年2月には、出版社が刊行を停止。『悪魔の地下室』は「詐欺師が創作したニセ回顧録」の烙印が押されることになった。
■その後の著者ストラットフォードは…
奇しくも1990年といえば【第3回】で紹介した「マクマーティン保育園裁判」が、告発されたSRAは事実無根で全員無罪という判決が出た年。また、【第1回】で触れたように、ユタ州議会が大金を投じて調査したもののSRAや悪魔崇拝者の存在を裏付ける証拠が見つからなかったのもこの頃だ。
90年代が進むにつれ、魔女狩りの狂奔も収まりSRAのうさん臭さが認識されていく。その中で、時代の寵児だったストラットフォードはどうしていたのか? 実は『悪魔の地下室』刊行から約10年後、再び彼女の名前がニュース番組で大写しされることになるのだ。
1999年、ストラットフォードは母方の祖母(ポーランド系)の姓を取った「ローラ・グラボウスキ(Laura Grabowski)」と名を騙り「私はアウシュヴィッツ強制収容所の生き残りだ」と主張し始めた。
ただし、「アウシュビッツでユダヤ人収容者の子として生まれ、戦後、養子に出された」と言ったかと思えば、「ヨーゼフ・メンゲレの生体実験で化学注射を打たれ、不妊になった」など証言は支離滅裂。いつ、どこの、なんという収容所だったかなど詳細を答えることもできなかったという。
しかし、そんな胡散臭い身の上話でも、ホロコースト生存者を対象とした数千ドルの寄付金を集めたストラットフォード。もちろん、すぐに悪事は露見するのだが、詐欺師としての腕は衰えてなかったようだ。
■『悪魔の地下室』が遺したものとは?
こうして、いまではすっかり「ネタ本」扱いされている『悪魔の地下室』──と思ったのだが、今回の取材を進めていく過程で、不気味な事実が発覚した。
先に書いたように、1990年に出版社から「販売停止」を喰らった『悪魔の地下室』なのだが、実は現在でもamazonで古書はもとより、Kindle版(販売停止を決めて出版社とは別の出版社から刊行)も入手可能なのだ。そして、そのレビューを見ると、
「いま世界で起こっている現実を描いた史上最高の本!」
「彼女の子どものエピソードで泣きました!」
「彼女に起こったことは、現実の人々にも降りかかっているのを私も知っています」
などなど、5つ星を付けたレビューがいくつも見られた。しかも、レビューの日付は2024年以降だ。どれだけ事実を突きつけ否定しようと、アメリカを蝕む(そして、今や日本含め世界に広がる)悪魔崇拝者への恐怖は根深いものがあるようだ。
そもそも、悪魔崇拝者の存在を信じる方々からは「権力者やそれに従うメディアは悪魔崇拝者に支配されている」というのが常識。この記事自体もサタニストがでっち上げたものと思われているのかもしれない……。