■嫌がらせに耐えかね子ども置いて逃亡
一つ屋根の下で暮らすことになったスセリビメとヤガミヒメ。やがて、ヤガミヒメはオオクニヌシの子どもを生む。つまり、正妻よりも先に第二夫人が身ごもってしまったのである。
これにジェラシーを覚えたのがスセリビメだ。あくまでも正妻であるというので、ヤガミヒメとの同居を許したものの、子どもができるとなれば話は違う。
「わたしとあの女のどっちが大事なの!」
食ってかかるスセリビメ。だが、オオクニヌシは、相変わらず平然としたまま。
「そんな無理なこというなよ。お前にもそのうち子どもはできるさ。な、何なら今から子づくりに励もうか」
無責任なこと、この上ない。そんなスセリビメの怒りの矛先は、オオクニヌシよりヤガミヒメに向けられた。付き合っている彼氏が浮気をしたとき、彼氏より浮気相手に恨みを抱くという話は、現在でもよく耳にする。
しかも、スセリビメはかなり嫉妬心の強い性格だったようで、ヤガミヒメに対して日常的に嫌がらせをはじめる。
「お前なんか、一度捨てられた女じゃない。そもそも、こんな立派な宮殿で暮らすほうがおかしいのよ」
スセリビメは、天界(高天原)イチの暴れん坊と恐れられた(詳細は連載第4回参照)スサノオの娘だ。父親譲りで気性は激しいことこの上なし。耐えきれなくなったヤガミヒメは、ついに子どもの木俣神(きまたのかみ)を置いて逃げ出してしまったのだった。
■留まることを知らない女癖の悪さ
その後のヤガミヒメの消息は『古事記』には記されていない。あわれにもほどがある。しかし、オオクニヌシの女癖の悪さはとどまることを知らない。
高志国(こしのくに)に沼河比売(ぬなかわひめ)という美人がいるという噂を耳にすると、自分のものにしようと出かけて行き、和歌で口説いている。高志国といえば、現在の北陸から新潟あたり。美女がいればそんな遠くまで足を伸ばす色ボケぶりだ。
そのほかにも、多紀理毘売命(たぎりひめのみこと)と神屋楯比売命(かむやたてひめのみこと)に手を出したかと思えば、地元の出雲に帰ってからも鳥取神(ととりのかみ)と恋に落ちるなど、次から次へ6人の妻を抱えることになる。
恋愛に関しては節操のないオオクニヌシ。甘いマスクとやさしげなふるまい、そして国津神(くにつがみ)のトップという地位で女性たちをたぶらかし、翻弄したのだろう。何よりたちが悪いのは、オオクニヌシに罪の意識がないことだ。
現在の日本にも、こんな男は何人もいる。ホストのように色恋営業なんて言葉がある仕事なら多少は納得もするが、そうでない男が何人もの女性と関係を持って平然としているパターンも多い。
うらやましい気もしないではないが、友だちにはなりたくないタイプではある。
『古事記(上)全訳注』次田真幸・訳注(講談社学術文庫)
『「作品」として読む古事記講義』山田永・著(藤原書店)
『古事記講義』三浦佑之・著(文春文庫)
『本当は怖い日本の神様』戸部民夫・著(ベスト新書)
『八百万の神々 日本の神霊たちのプロフィール』戸部民夫・著(新紀元社)