■カナエへの疑念を伝えるが…
あまりにも生々しい内容だが、現実にもこうしたことがあるのではないかと想像せずにはいられなかった。もしかすると、ミキも同じような罠にはまってしまったのかもしれない、という不安が頭をよぎる。
その時、不意にバッグの中の携帯が鳴った。電話に出ると、店長から送迎車が到着したという知らせだった。しかし、電話を切ったあとも、いま読んだばかりの記事の内容が頭から離れなかった。
家に戻ってからもその不安は消えず、思わず携帯を取り、店長に電話をかけた。
「……もしもし、アユミですが、ちょっとミキのことで気になることがあって」
「どうした? 何か情報があるのか?」
店長は少し緊張した様子で応じた。
「いえ、情報というほどではないんですが、さっきコンビニで読んだ雑誌に、ホストクラブでできた借金のせいで風俗に売られた女の子の話が載っていて……もしかして、ミキもカナエに騙されたりしていないかなって。すみません、なんの根拠もないんですけど」
電話の向こうで店長はしばらく沈黙し、やがて低い声で言った。
「わかった。万が一のこともあるかもしれないから、明日カナエにもう一度聞いてみよう。もしかしたら、何か知っているかもしれないし」
■何かに気づき姿を消したカナエ
しかし、次の日、カナエは出勤しなかった。それどころか、その後も店に姿を見せることはなく、いつの間にか「飛んでいた」ことが明らかになった。
カナエがいなくなってしばらく経ったある日、更衣室でキャストたちが噂話をしているのを、私は偶然耳にしてしまった。
「カナエさん、飛んだみたいだね」
「正直ホッとしたよ、あの人ちょっと怖かったもん」
「……私、あの人にホストクラブ連れて行かれてさ、無理やりシャンパン入れさせられそうになったことあったんだ。お金ないって断ったら、『お金なら貸してあげようか』って言われて、正直背筋が凍ったよ」
その話を聞いた瞬間、私はなんとなく悟った。ミキがどこに行ったのか。夜の街には、キャバクラ以上に暗く、ひとたび足を踏み入れれば二度と戻れないような世界が存在している。ミキは、その闇に飲まれていったのかもしれない。
カナエが消え、ミキの名前すらも次第に人々の記憶から薄れていった。もし事件性があったのなら、ミキの実家を調べて連絡を取ることもできたはずだ。
だが、ミキは親にキャバクラで働いていることを隠していたらしく、履歴書には実家の住所も電話番号も書いていなかった。
歌舞伎町では、一人のキャストが消えることなどよくある話。誰もが表向きには気に留めないが、その裏で噂は絶えない。そして、誰も真相には触れずに日常を続けていく。まるで暗黙のルールが存在するかのように、私も受け入れるしかなかった。
■笑顔を浮かべる捕食者がそこに
それから一年ほど経った頃、歌舞伎町を歩いていると、ふと視界の端に見覚えのある顔がよぎった。それはカナエだった。両手にホストを引き連れ、笑いながら歩く彼女の姿は、異様なオーラを纏っていた。……その笑顔はまるでたらふく獲物を喰らって悦に入っているプレデター(捕食者)のようだった。
今でも時折、ホストに騙されて海外の風俗に売られたという女性たちの記事を目にするたびに、私はミキのあどけない顔を思い出す。彼女が初めて店に入った時の無邪気さは、もう二度と戻らない。
それと同時に、最後に見たカナエの笑顔が脳裏から離れない。強い者だけが生き残り、弱い者は捕食される街・歌舞伎町。
ミキのような若い女の子たちが、この街で生きるには、どんな代償を払うことになるのか……考えれば考えるほど、恐怖が募るのであった。