■世界有数の観光地にまつわる「とある怪談」

世界各地から観光客の訪れる伏見稲荷大社だが、日が落ちると一気に異界めいた空気が流れる /画像:public domain via Wikimedia Commons

 京都市有数の観光地、伏見稲荷大社。全国に約3万社あるといわれる稲荷神社の総本宮だ。社(やしろ)のある稲荷山は、稲荷信仰の原点とされている。

 

 国内外問わず旅行客から人気の高い伏見稲荷だが、じつは地元民の間では有名な「丑の刻参りスポット」だとご存じだろうか。

 

 今回は伏見稲荷と丑の刻参りについて、実際の証言をもとに謎を追っていこう。

 

■まことしやかに囁かれるうわさとは……

江戸時代から「丑の刻参り」は様々に描かれてきた。こちら葛飾北斎によるもの

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 伏見稲荷といえば、参道にずらりと並ぶ朱色の鳥居(通称:千本鳥居)が有名だ。しかし千本鳥居から一歩横道にそれると、そこは深い森の中。木々の生い茂る稲荷山で、夜ごと丑の刻参りが行なわれているのだという。

 

「白装束の女に追いかけられた──」

 

 そんな伏見稲荷でのうわさを筆者が初めて聞いたのは、今から14年前のこと。当時筆者は伏見稲荷から徒歩10分圏内にある某私立大学に通っており、学生たちの間で「稲荷んぐ」と呼ばれる遊びが流行っていた。

 

 稲荷んぐとは、サークルやゼミ等の飲み会帰りに稲荷山に登る遊びだ。伏見稲荷の本殿から稲荷山の山頂まで、約1~2時間。その距離を深夜に酒が入ったテンションで登るという、なんとも大学生らしい儀式である。その稲荷んぐの最中、丑の刻参りに出くわしたという証言が、令和の今でも後を絶たない。

 

 友人が追いかけられた。先輩が追いかけられた。身近な誰かが当事者になった、というのが、うわさのパターンである。内容も似ていて、まとめるとこうだ。

 

「夜中に稲荷んぐをしていたら、森の奥に人の姿が見えた。何をしているのかと恐る恐る近づくと、白装束の女が丑の刻参りをしていた。女はこちらに気が付くと、鬼の形相で追いかけてきた」

 

 こうした怪談を裏付けるかのように「伏見稲荷の宮司の朝は、打ち付けられた藁人形を片付けるところから始まる」そんなうわさも当時からひそひそと囁かれていた。

 

 

■なんと当事者の目撃談に辿り着く

深夜、千本鳥居を外れた森の中で……

画像:写真AC

 そんな、ある意味で大学の都市伝説ともいえる伏見稲荷の丑の刻参り。うわさの発生源である大学のOBを中心に徹底取材を行なったところ、なんと「丑の刻参りを目撃した」という当事者が現れた。現在32歳の西山さん(仮名・男性)だ。彼の証言を紹介しよう。

 

「あれは2013年頃の話です。当時僕は伏見稲荷の近くに住んでいました。その日はバイト先の男の子たちと、深夜2時くらいに稲荷山に登っていたんです」

 

 西山さんのバイト先では、飲み会のあとに稲荷んぐするのが恒例行事になっていたという。そのときのメンバーは彼を入れて3人。全員が同じ大学の学生だ。夜景を求めて参道をせっせと登っていた途中、ひとりが異変に気付いた──。

 

■目撃者に気づいた白装束の女は……

「丑の刻参り」魚屋北渓/メトロポリタン美術館所蔵

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「イケメンの後輩が『人がいる』って千本鳥居の外を指差しました。鳥居を正面に見て、左側ですね。森の少し奥のほうです。立ち止まってその方向を見てみると、白いぼんやりした人影が見えて。あれ? 何をしているんだろう? と目を凝らしてみたら、白い着物を着た女性が手に何かを持って、木々の間でぼぅっと立っていたんです」

 

 その様子を見て、友人のひとりが「丑の刻参りじゃないか」と呟いた。西山さんたちは青ざめ、身動きできなくなってしまったという。すると、人の気配を感じ取ったのだろう。謎の女が彼らのほうを振り返った。

 

「その女がゆっくりと顔を上げて、僕たちを見たんです……『目が合った』と本能で感じ取りました。そこからはもう、悲鳴を上げながら来た道を駆け足で引き返しましたね。追いかけてきているか確認する余裕もなかったです……」

 

まことしやかな噂を追ううちに、遂に実際の目撃者までたどり着いた筆者。果たして、伏見稲荷の森の中にいた謎の女はうわさどおり「丑の刻参り」だったのか? それとも、また別の怪異だったのか? 実在した白装束の女や丑の刻参りのうわさの意外な真相に迫る後編はこちらから(6月14日公開)