■忘れられない朝ラーメン

 飲酒するようになって35年。朝、虚ろな目でラーメンをすすったことは何度もあるが、忘れられない体験がひとつある。

 ホン・サンス監督の映画『3人のアンヌ』(イザベル・ユペール主演、ユ・ジュンサンチョン・ユミユン・ヨジョン助演)の撮影地に行ってみたくて、全羅北道の僻地、芽項(モハン)を訪れたときのことだ。

 いつものようにハシゴ酒し、締めにシュポ(個人経営の小さな食料雑貨店)で、初対面の有閑アジョシたちと深酒した。

 朝、目が覚めると、そこはこぎれいな部屋だった。ちゃんと布団も敷いて寝ている。ドアを静かに叩く音がするので出てみると、昨夜いっしょに飲んだおじさんがニコニコしながら辛ラーメンとカニの入った鍋を手渡してくれた。

「酔い覚ましにラーメン食べるといいよ」

 状況が飲み込めた。昨夜のシュポでベロベロになった私は、民泊のおじさんの好意に甘え、ここで寝かせてもらったのだ。

 別れ際、宿賃を渡そうとしたが。おじさんは受け取ってくれなかった。

「気にしなくていいから、また遊びにおいで」

 おじさんのラーメンは我が国の粗削りな人情の味がした。

芽項の一宿一飯、カニラーメン