我が国、韓国のドラマや映画で「国民の母」的な存在というと、ドラマ『私たちのブルース』のキム・ヘジャ、映画『怪しい彼女』のナ・ムニ、ドラマ『椿の花咲く頃』や『マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~』のコ・ドゥシム、映画『チャンシルさんには福が多いね』や『ミナリ』のユン・ヨジョンを思い出す。彼女たちが演じるのは理想的な母親像が多い。
Netflix配信の話題作『マスクガール』にもさまざまな母親が登場するが、もっとも印象的なのが3話以降、ヨム・ヘランが演じたキム・キョンジャだ。前述のキム・ヘジャやナ・ムニ、コ・ドゥシムやユン・ヨジョンが演じる美化された母親とはまったく違う、生々しい韓国の母親像である。
■『マスクガール』大事件の遠因は母の息子に対する強い執着心
冒頭の自己紹介のような全羅道訛りのナレーションから、彼女が貧しい家庭の出身で、国家資格を持っているという理由で結婚した男性が浮気者で3年後に離婚。家政婦や食堂の下働き、ビルの清掃、タクシー運転手などの仕事を経て市場に食堂を開業して稼ぎ、息子チュ・オナム(アン・ジェホン)をソウルの4年制大学に入れたことがわかる。
しかし、彼女の苦労は終わらない。夫に裏切られたことの反動もあってか、息子に対する強い執着心がこの物語の核になる大事件につながってゆく。自身が切り盛りする食堂の店名に息子の名前を冠しているのもその執着心の現れだ。
キム・キョンジャを見て、身につまされた韓国の母親は少なくなかったはずだ。ドラマでは息子が軍隊に行ったかどうかは明らかにされていない。もし彼が入隊していたら、『D.P. -脱走兵追跡官-』に出て来た若者のようにいじめの対象になっていただろうか? それとも除隊後たくましい姿を見せて母親を喜ばせていただろうか? 兵役が母親の息子離れ、息子の母離れの一助になる面もあることを思い出し、複雑な気持ちになった。