ソウルは坂、そしてそれにつづく石段の街だ。かつて外敵から守る目的で、周囲を500メートル級の山に囲まれた盆地にソウルはつくられた。その後、人口が急増し、住宅は平地から山の斜面へと広がっていった。その結果、坂プラス石段の街になっていった。
「坂と石段の多いエリアは?」と訊くと、「恵化(ヘファ)じゃない?」という返事が多かった。
皆があっさりと答える。その訳を訊くと……。
「ソウルはどこでも坂と石段が多いから、どこだっていいんだけど、恵化は梨花洞(イファドン)壁画村と駱駝山(ナクサン)公園があるから」
そのふたつが坂を象徴するランドマーク的な役割を果たしているということらしい。
■坂の街ソウル、とくに坂と石段の多いという恵化を歩いてみる
地下鉄の恵化駅で降りた。地上に出ると、すぐ横がマロニエ公園だった。ここは以前、ソウル大学のキャンパスがあった場所だ。大学は移転したが、その跡地が公園になった。
公園のベンチに座って周囲を見渡す。たしかに山が近い。地図で方向を確認し、梨花洞壁画村の方向に歩きはじめた。
すぐにカフェの多い緩い坂道になり、その傾斜はどんどん急になっていく。体が前傾姿勢になってしまう坂道だ。道も細くなり、店もなくなり、住宅街に入っていく。斜面に沿って建つ家々は立派だ。
道は迷路のようになっていった。路地が交差する場所でしばし悩む。路地が入り組んだ街でも、そこが平地ならそう悩まない。道が行き止まりでもすぐに戻ればいい。しかし恵化はそのどれもが急な坂道だ。息を切らして坂道をのぼり、行き止まりになっていたら……。Google マップを拡大し、スマホの画面に目を凝らす。道はかなり複雑で多くが行き止まりになっている。
不安を抱えて坂道をのぼった。道は左右にくねくねと曲がる。ときどき顔をあげて、山の方向を確認しながら進んだ。三叉路に出、その電柱に「梨花洞壁画村」への案内板があった。ほっとしたが、その矢印の方向を見ると、道ではなく狭い石段だった。家の入り口の石段のようで、ここをのぼっていくと、すぐに行き止まりになるような雰囲気だった。しかし矢印はその方向を示している。
案内板を信じてのぼりはじめた。家がなくなり、山の斜面に沿った道になる。山側にはフェンスがつづく。さらにのぼると壁にぶつかり、90度曲がってさらに石段……。
「壁画村に出るんだろうか」と呟きながらのぼると、幅2メートルほどの道に出た。犬の散歩中の中年女性の姿が見えた。振り返ると、眼下に恵化駅付近の建物が見える。見晴らしがいい。