是枝裕和監督の『ベイビー・ブローカー』(ソン・ガンホ主演)、武正晴監督の『カフェ・ソウル』(斎藤工主演)、『ボーイ・ミーツ・プサン』(柄本佑主演)、佐々部清監督の『チルソクの夏』(水谷妃里主演)など、日本の監督が韓国で撮った作品は積極的に観るようにしている。

 韓国人には見慣れた風物でも、外国人の目を通すと大変新鮮に見えるからだ。今回は旅情豊かな日韓合作映画『アジアの天使』(2021年/石井裕也監督)を紹介しよう。

清凉里発、江陵行き『アジアの天使』で描かれる旅情あふれる鈍行列車の旅

『アジアの天使』のキャストは、日本側が『柳川』の池松壮亮と『パッチギ!』のオダギリジョー。韓国側が『今、別れの途中です』『金子文子と朴烈』のチェ・ヒソ、『サムシクおじさん』『犯罪都市 NO WAY OUT』のキム・ミンジェ(1979年生まれ)など。

 食い詰めた小説家(池松壮亮)は幼い息子とともに兄(オダギリジョー)のいるソウルに行くが、兄は頼り甲斐がなく、商機を求めて列車で江原道(現・江原特別自治道)へ向かう。そして、たまたま乗り合わせた売れない歌手(チェ・ヒソ)の兄妹と出逢い、いっしょに旅をする。

小説家(池松壮亮)と歌手(チェ・ヒソ)が初めて言葉を交わしたシーンはヨンシンネの延曙市場で撮影された

 最初に注目したのは、日韓2つの家族が江原道に向かうために乗ったのがムグンファ号だったことだ。日本語幕は「鈍行」になっていたそうだが、セリフは在来線のムグンファである。

「江原道に行くのになんでムグンファなの? KTX(高速列車)のチケット買えばいいのに、バカじゃないの?」

 売れない歌手が生活力のない兄(キム・ミンジェ)をくさす。

 一方、列車に揺られながらノートPCで小説を書く弟を、やはり生活力のない兄がくさす。

「おまえの小説、最近全然売れないじゃん」

 こんなどんよりした一行に2時間で東海岸の江陵(カンヌン)に着いてしまうKTXは似合わない。日本で言えば上野駅のような風情の清凉里駅からムグンファ号に乗って、KTXの倍の時間をかけて東へ向かうのが似つかわしい。

 同じように、日陰者がムグンファで東海岸へ向かう描写のある映画があったのを思い出す。『ラブレター パイランより』(2001年)だ。下っ端ヤクザ(チェ・ミンシクとコン・ヒョンジン)が偽装結婚の相手の女性(セシリア・チャン)の写真を見ながら列車に揺られている。あれも『アジアの天使』同様、冬のシーンだった。

ムグンファ号の車内。座席はKTXより大きく、前の座席との間隔も広い