1980年代の韓国映画界を舞台にしたNetflixドラマ『エマ』は、大ヒット映画『エクストリーム・ジョブ』の同僚刑事役イ・ハニとチン・ソンギュが一転して敵対関係を演じているところもおもしろいが、40年以上前の風物を懐かしく観られるのも楽しい。
劇中で、女優のチョン・ヒラ(イ・ハニ)が人前で話すときの媚びるような高音は、いかにも1980年代という感じがする。当時は歌手も俳優もテレビCMのナレーションも、女性は総じてこのような話し方をしていた。
しかし、1980年代の韓国社会の状況を思うと複雑な気持ちにもなる。当時の全斗煥(チョン・ドゥファン)政権の力が映画界にも及んでいたことが生々しく描かれているからだ。(以下、一部ネタバレを含みます)
■Netflix『エマ』の物語背景、国民の目を政権批判からそらすための映画振興
『エマ』は映画『ソウルの春』でファン・ジョンミンが演じた全斗煥が、劇中で描かれた軍事クーデター(1979年12月)や光州民主化運動(1980年5月)の過剰鎮圧を経て、同年8月に大統領になってからの物語だ。
全斗煥は朴正煕政権時代から続いた軍事独裁をそのまま受け継ぐかたちで、民主化運動を弾圧し、言論統制を行った。
その一方で国民の目を政権批判からそらすために娯楽産業の振興に力を入れた。それを象徴するのが『エマ』の女優チョン・ヒランをスターにした映画『愛麻夫人』(1982)年だ。同作は30万人以上を動員し、その年、もっとも多くの観客を集めた。全斗煥の思惑通りというわけだ。
Netflixドラマ『貞淑なお仕事』で、主人公(キム・ソヨン)がアダルトグッズの売り上げを伸ばすために映画の無料鑑賞券を配ったが、そのときの上映作品が『愛麻夫人』シリーズだった。
韓国映画は1988年のソウル五輪前後に日本のレンタルビデオショップに流入した。そのなかにエロティックな作品が多かったのも『愛麻夫人』の大ヒットと無縁ではない。『涙の女王』で会長の愛人を演じたイ・ミスクの『桑の葉』(1986年)、副会長夫人を演じたナ・ヨンヒの『ソウル・コンパニオン』(1988年)も『愛麻夫人』の流れを汲んでいる。

