人気の韓国時代劇『哲仁王后~俺がクイーン⁉~』では、主人公の哲仁(チョリン)王后をシン・ヘソンが演じ、夫の25代王・哲宗(チョルチョン)にキム・ジョンヒョンが扮していた。ドラマでは、現代韓国の男性の魂が入り込んだ王妃をシン・ヘソンが絶妙な変身ぶりで演じて大いに笑わせてくれたが、史実の夫婦関係はどのようなものだったのか。
■果たして幸せ?政略結婚で王妃となった哲仁王后は、どんな人生を歩んだのだろうか
哲仁王后と哲宗が結婚したのは1851年だった。哲仁王后は14歳で、哲宗は20歳であった。
朝鮮王朝で起こった出来事をわかりやすく解説した歴史エッセイ『謎解き!朝鮮王朝 宮廷ミステリー 韓国時代劇の「なぜ?」を解明する』の記述を参考に、当時の国王夫妻の人生を振り返ってみよう。
1850年前後、朝鮮王朝の政治を仕切っていたのは、23代王・純祖(スンジョ)の正室だった純元(スヌォン)王后である。彼女は安東・金氏(アンドン・キムシ)という一族の長老で、自分の出身一族の人間だけを重用して要職を独占した。その弊害で賄賂がはびこり、朝鮮王朝の国情は衰退していた。
そんなことも構わず、純元王后は安東・金氏の繁栄だけを願った。挙句に、自分たちが操りやすかったので、王族の末端にいた無学の青年を国王に据えた。
そうして即位した哲宗は独身だったので、哲仁王后が王妃として迎えられた。彼女も安東・金氏の一員で、夫婦は完全なる政略結婚で結ばれた。
すべて時の権力者にお膳立てを揃えてもらって王宮に入ってきた哲仁王后。本来なら、図に乗ってわがままにふるまってもおかしくないのだが、彼女は決してそういう態度を見せなかった。
むしろ、謙虚すぎるほどの慎み深さを見せ、女官たちに対しても優しく接していた。これほどの人格者であっても、万事がうまくいくわけではなかった。
1858年、哲仁王后は王子を出産して宮廷中が慶事に沸き立ったが、幼子はすぐに早世してしまった。哲仁王后の悲嘆は大きく、その失意を抱えていた1863年に哲宗が32歳で急死した。酒の飲みすぎが命を縮めたと言われている。
夫婦には子供がおらず、哲宗には後継ぎがいなかった。それゆえ、王族の傍系の家系から選ばれて、11歳の少年が26代王・高宗(コジョン)となった。彼の即位は、安東・金氏の終焉を意味していた。

