■「火事になると水を噴き出す⁉」日本各地に伝わる伝説の樹

善福寺(東京都港区)の大銀杏。浄土真宗の宗祖・親鸞にまつわる伝説がある

/WikimediaCommonより

「あれ、でも樹齢1000年とか『伝説の高僧が植えた』なんて伝説もなかったっけ?」

 と思われる方も少なくないだろう。確かに日本各地にはイチョウにまつわる伝説が数多い。空海や親鸞(しんらん)が突いた杖がイチョウの大木になった「逆さイチョウ」や、有名なところでは源実朝暗殺にまつわる鶴岡八幡宮の大銀杏なんてものもある。

 また、京都の本願寺や本能寺には「大火事の際に水を噴き出し、本堂や逃げてきた人々を守った」なんていう火伏のイチョウや水噴きイチョウなどの伝承が残っている。実際、イチョウは水分を多く含み、それゆえ防火樹として寺社仏閣で植えられることが多いのだそうだ。

 文献から見ると先に挙げたように中世以降に日本に伝来したのが確かなようだが、これだけ伝説が広まるほど日本人に親しまれてきたということだろう。

 日本人とイチョウの繋がりを示すものは多い。例えば特徴的な扇形の葉は、東京大学や東京都のシンボルマークとして採用され、古くから和服の柄にも使われてきた。花言葉は「荘厳」「長寿」「鎮魂」。俳句では秋の季語として親しまれている。大相撲の十両(十枚目)以上の力士が結うことができる髪型は、髷の先端の形状から大銀杏(おおいちょう)と呼ばれる。

■日本人が意外と知らない「絶滅危惧種」だったイチョウ

 日本人とイチョウの関わりということでは、こんなエピソードもある。

 ヨーロッパには、オランダ商館付きのドイツ人医師、エンゲルベルト・ケンペルによる『廻国奇観』によって、初めて紹介され、銀杏の読み方からgin kyoのスペルミスとしてGinkgoという綴りが使われた。これが現在の学名「Ginkgo biloba」の由来となっている。

 中国原産なのに、初めて世界にその名が知れ渡ったのは日本のイチョウだったというわけだ。

 こうして、ながらく化石でしか見られなかった植物が、実際に存在していたという事実は、ヨーロッパに衝撃を与えたことだろう。1700年代からヨーロッパ圏で植樹が始まり、現在は世界中で植栽されている。ただ、自生のイチョウは確認されていないため、1998年にはIUCNレッドリストで絶滅危惧(絶滅危惧Ⅱ類)に指定された。イチョウは太古の昔に誕生し、人間の手で復活を遂げた“奇跡の木”なのだ。

 また、一度絶滅しかけたにもかかわらず非常に強い植物で、第二次世界大戦で広島に落とされた原爆によって焼け野原になったあと、真っ先に芽を出したのはイチョウだった。