■すっかり様子の変わった「亀ちゃん」が突然……
それから3年後、アジアのキャバクラで働いた経験を綴った私の著書が発売された。その出版イベントが都内で開かれることとなった数日前、SNSで突然、行方不明になったはずの亀ちゃんからメッセージが送られてきた。どうやら、イベントの告知を見て行きたいと言う。
そんなことよりも亀ちゃんはいつ日本に帰ってきたんだろう? トラブルに巻き込まれたって何があったのか? 聞きたいことは山ほどあったが、詳しい話は後にして、とりあえず亀ちゃんをイベントに招待した。
「アユミちゃん! 久しぶり~♪」
当日、イベント会場で名前を呼ばれて振り返った私は自分の目を疑った。そこには黒髪ミディアムの可愛らしい亀ちゃん……ではなく、髪は丸坊主、やつれたような体にタイの民族衣装を纏った怪しい風貌の男が立っていた。こいつは本当に亀ちゃんなのか?
■明らかに何か様子がおかしい……
「アユミちゃん元気? 最近どうしてた⁉」
いや、どうしてたと聞きたいのはこっちである。その髪型は一体……?
「これ? タイにいるときに坊さんから『女の生き霊があなたの後ろ髪を掴んでいる』って言われてさ。髪なきゃもう掴めないだろって剃ったんだよ!」
……何を言っているのかさっぱり分からない。だが、亀ちゃんは私にお構いなしで熱に浮かされたように喋り続けていた。しかも私だけでなく、私以外の演者にも絡んできて演者は全員、ドン引きした目で亀ちゃんのことを見ていた。慌てた私は、その場から亀ちゃんを一旦、客席に連れ戻した。
その後、イベントが始まったものの、亀ちゃんはずっとひとりで笑っていた。最初のうちは本に書かれていた内容を知っている身内ノリのような笑いと思った。だが、明らかに様子がおかしかった。
■取り憑かれたように高笑いし姿を消した亀ちゃん
笑うようなポイントではないのに、突然、サルか熱帯の鳥のような奇妙な声で高笑いしたり、かと思えば、隣りにいる誰かに話しかけるようにブツブツと独り言をつぶやいていたり。また、笑っていたと思ったら急に黙り込んでステージの袖、誰もいないはず空間の一点を見つめている。ステージから嫌でも目に付くその姿や怯えたような彼の顔があまりにも不気味だったので、話に集中できなかったことを今でも覚えている。
イベント前は「打ち上げ参加したい。飲み行こ!」とはしゃいでいた亀ちゃんだったが、終わってみると会場に姿がなかった。スタッフにそれとなく尋ねると、
「ああ、その方だったら真っ先に帰られましたよ。なんかすごい汗をかいてて苦しそうな顔してたんで、体調崩されたんじゃないですかね……」
と答えが返ってきた。クスリの件があるのでまさかとは思ったが、その日は何事もなく終わった。ただ、亀ちゃんの異変はここからが本番だった──。