■亀ちゃんから‟あの女”についての不審なメールが次々と
数日後、SNSで亀ちゃんからメッセージが届いた。
そこにはイベントに呼んでくれたことへのお礼と本の感想などが書いてあったのだが、その文章の合間に、
「俺のことこんな風に書いたの?」
「ここまで書いたら、俺、捕まったりしない?」
などと、今さらバンコク時代の旧悪がバレて逮捕されるのじゃないかと怯える亀ちゃんがいた。まあ、そこまでなら自業自得とも思ったのだが、手紙の最後に奇妙な一文があったのが引っかかった。
「ごめん。ホントにごめん。あの女がついてきちゃったかも」
”あの女”も何も、亀ちゃんはイベントにひとりで来ていたはずだ。何を言っているのかワケがわからなかったが、この日を境に彼から毎日のようにメッセージが送られてくるようになった。
やたらと明るくバンコクの楽しかった思い出を語る時もあれば、「もう俺は終わりだ」「アイツが追いかけてきてる」とワケのわからない落ち込んだ内容まで、日によってテンションが明らかに違う。そして次第に、”アイツ”や”あの女”の話ばかりになり、
「イベントの時、アユミちゃんにも黒い靄が見えた。たぶん、あの女だ」
「今すぐお祓いに行ったほうがいい。俺もついていくから安心して」
などと、不可解な内容がビッシリ書かれた長文メッセージが届くようになり、最初は適当に返事していたが、だんだん面倒くさくなった私は次第に無視するようになっていた。
■亀ちゃんを“あちら”に引きずり込んだのは……?
それから半年後、ふとLINEが鳴った。それはタイのキャバクラのマネージャーだった。
ーアユミちゃん、久しぶり。最近、亀ちゃんと連絡とった?
ー亀ちゃん……? 半年くらいとってないよ。どうして?
ー実は、亀ちゃん……自殺したんだよね。
ーえっ……。
亀ちゃんは先日、自宅の部屋で首を吊って亡くなっていたのだそうだ。
後日、亀ちゃんが最近まで薬物をやっていたことをマネージャーから聞かされた。そして、亀ちゃんが店をやめた本当の理由も……。
はっきりしたことはわからないが、どうやら大麻がらみに加えて、女がらみのトラブルで店から急に姿を消したらしい。あくまで噂話だが、バンコクのクラブで知り合った地元の子のもとを転々とし、ヒモのような生活を送っていたが、その一人を妊娠させ逃げるようにバンコクも離れてしまったようだ。
置き去りにされたその子がひどく亀ちゃんのことを恨んでいると、マネージャーも風の噂で聞いていたらしい。とはいえ、夜の街では聞かない話ではない。マネージャーもすっかり忘れていたようだ。
「たださあ……あいつ最後の頃『女が追いかけてきて眠れない』ってボヤいてたんだけど、もしかして、それって……」
コロナ前の話とはいえ、そう簡単に男を追いかけ日本に来られるとは思えない。それに、その女の子の生死も不明だ。亀ちゃんが「生き霊のせいで丸坊主に~」とか、繰り返し「あの女が~」と言っていたのは、バンコクに置き去りにした「彼女」の生き霊(あるいは亡霊?)だったのかもしれない。そして、遂にはその霊に引き込まれて亀ちゃんは……。
もちろん、「薬物による幻覚だろ」のひと言で片づけるのは簡単だ。ただ、あの怯えたような顔や、繰り返し”あの女”について常軌を逸した長文メッセージを送った亀ちゃんの様子を思い返すたび、なんとも落ち着かない気分になって仕方がない。