「君、かわいいね」「今日もきれいだね」と女性をほめるとセクハラだのなんだの言われる昨今だが、植物をほめたたえると元気になり、反対に「枯れろよ、カス」「酸素臭せえんだよ、二酸化炭素吸ってんじゃねえ」と罵詈雑言を浴びせるとしおれてしまうというのだ。前編で植物が振動を感知するという話をしたが、ほめられたり悪口を言われるのを植物が理解する? そんなバカな。
『水からの伝言』の大ブームと転落
2000年代の初め、日本では「ありがとう」と声をかけた水を凍らせたら、キレイな結晶ができ、「バカ」「死ね」と悪口を言うと水が凍っても結晶化しないという写真集『水からの伝言』(江本勝/波動教育社)がベストセラーになった。水に人の善意や悪意が影響し、水の構造を変えてしまうというのだ。
心のありようが物理現象を変化させるというので、道徳の授業に使う学校まで登場し、大変な騒ぎになった。普段から感謝することは、生きとし生けるものすべてにいい影響を与えるのだという。
結局、『水からの伝言』で紹介された水を凍らせる実験はあまりに雑で、科学の基準に達していなかった。江本氏もそれを認め、世間としては「水からの伝言」は江本氏の空想による絵本という扱いで決着した。水に人間の意識が影響することはない。
ところがその後、今度はヨーロッパで「水からの伝言」と同じような事件が起こったのだ──。
■IKEAが大宣伝した、観葉植物にほめ言葉と悪口実験
2018年4月30日に大手家具雑貨メーカーのIKEA(イケア)が奇妙な実験ビデオを公開した。店舗の前に2鉢の観葉植物を置き、片方の鉢には悪口を、片方の鉢にはほめ言葉をエンドレスで流し、1カ月後の変化を比較したのだ。
「ありがとう」というと水の性質が変わる話と同じで、悪口やほめ言葉に込められた“意志”が他に影響するという仮説に基づいている。日本でいうところの言霊(ことだま)だ。ありがたいお経を聞いたら、歩けるようになったという話と大筋は同じである。
1カ月後、悪口を聞かされた植物はしおれ、ほめ言葉を聞いた植物は元気よく育ったという映像が流れ、だから私たちIKEAはハッピーなコミュニケーションがベターな日々をもたらすと信じていますという、こちらの気持ちがしおれるナレーションが流れる。
■世界中からツッコミ殺到のIKEA珍実験
この動画、いまだに削除されていないが、世界中から突っ込まれた。言葉が植物に影響するということを証明するのに、一鉢づつの比較で言葉が植物に影響すると結論するのは、あまりにも非科学的で、大手企業としてありえないというわけだ。
私もトマトで同様の実験をしたことがある。ミニトマトの鉢を並べ、片方に自殺したくなるというハードロック、片方に植物の成長が良くなるというシタールを流しっぱなしにした。2週間後、トマトが食べごろになったので、もいで食べた。ハードロックのトマトのほうがあきらかに実が大きくおいしかった。
前編で紹介したように、振動は植物の成長に影響する。それなら、より振動が大きく、植物を揺らすことのできる音楽のほうが影響大だ。シタールのたおやかな調べよりもハードロックのほうが植物への影響が大きいに決まっているのだ。
トマトに言葉がわかるか、アホ、という話である。
植物は人間の気持ちがわかるという話の元ネタは?
植物が人間の感情を読み取るという話、IKEAが思いついたわけではなく、元ネタがある。IKEAはそれを企業のハッピーなコミュニケーションのベターなイメージを売るのに使えると判断しただけだ。で、この元ネタの提唱者がクリーヴ・バクスターというアメリカ人。ただし、1960年代後半の話なので、半世紀以上も昔の話だ。
このバクスター氏、元CIAでポリグラフいわゆるウソ発見器の専門家だった。ポリグラフのエンジニアとして大変優秀で、軍部や警察にポリグラフの研修を行なう研究所の所長も務めている。そういう権威ある人物が「植物にテレパシーがある!」と言い出したのだ。当時は新聞やテレビも取り上げ、話題になった。
ポリグラフは人間の生体信号をグラフで表す機械だ。ウソをつくと人の心拍数と血圧は上がり、気持ちが焦って手に汗をかく。手に汗をかくと電気が流れやすくなる(=電気抵抗が下がる)。血圧と心拍数が上がり、電気抵抗が下がると「お前、いまウソついたな」となるわけだ。この変化をグラフで見せるのがポリグラフだ。
■「火をつける」と考えた瞬間に植物が反応!
(往年のクリーヴ・バクスターの貴重なインタビュー映像/YouTubeより)
ある日、バクスターは植物は根から水を吸い上げるが、どのくらいの速度で水は吸い上げられるのか? と考えた。水が流れれば、人間の手が汗をかくのと同じように電気抵抗値が下がる。ポリグラフで水を与えた植物を測定すれば、ポリグラフの変化に要する時間から水が根から葉に到達する時間がわかるはずだ。
さっそくバクスターは、事務所に置いてあった観葉植物の葉に、ポリグラフの電極を輪ゴムで留めて、水を与えた。
ところが思ったようにグラフは右上がりにならない。まるで植物がウソをついているようにバクスターは感じた。人間相手の場合、ウソを見破るには不意に「○○さんを殺しましたね?」と脅かす。不意を突かれると人は動揺し、ウソがばれるのだ。同じように植物にも、不意を突いて無理やり変化を起こさせたらどうなる?
そして、バクスターはいじわるを考えた。(マッチで火をつけたらどうなる?)
バクスターが火をつける想像をした瞬間だった。ポリグラフの数値が跳ね上がった。バクスターは自著『植物は気づいている』(※1)に次のように書いている。
※1『植物は気づいている』クリーヴ・バクスター・著/穂積由利子・訳 日本教文社刊
「まいったなあ、この植物はわたしの心を読んでいるみたいだぞ」
こうして、植物が人間の感情を読み取るという説は「バクスター効果」と名付けられ、一世を風靡した。