■旧・慶州駅ではイ・ジュンソプ展が開催されていた

 路西里古墳群から歩いて旧・慶州駅に向かう。気温は34度。日影に入らないと危ないと思い、屋根のある城東市場に立ち寄る。猛暑の昼下がり。人出も少なく、慶州の産物をゆっくり見物できた。

 慶州を舞台とした映画がもう一本あったことを思い出した。日本でも知名度の上がったホン・サンス監督の初期作品『気まぐれな唇』(2002年)だ。列車の中で偶然再会したギョンス(キム・サンギョン)とソニョン(チュ・サンミ)がサムギョプサルを焼きながらソジュを何本も空けるシーンや、たがいにある衝動を感じながらも率直になれずほっつき歩くシーンは、この市場で撮影された。

慶州は観光の街だが、市場に来るとやはり人が暮らすところだと実感できる。写真は城東市場のはずれ。ホン・サンス監督の『気まぐれな唇』で、キム・サンギョンとチュ・サンミが深酒した焼肉店はオーナーも店名も変わっているが健在だった
慶州はじつは東側が海に面しているので新鮮な魚介も狙い目。城東市場には、鮮魚店で買った刺身を持ち込むと副菜のサンチュやタレ、酒などを用意してくれるチョジャンチプと呼ばれる業態がある

 市場の南東から外に出ると旧・慶州駅舎は目の前だ。映画『気まぐれな唇』では、この駅前広場でギョンスとソニョンが待ち合わせするシーンが撮影された。また、その20年後には、Netflixドラマ『二十五、二十一』の6話でヒド(キム・テリ)とイジンナム・ジュヒョク)が駅から飛び出してくるシーンが撮影されている。

『二十五、二十一』の6話に登場した旧・慶州駅舎。現在は慶州歴史文化館1918という博物館になっている
慶州歴史文化館1918の中のカフェから駅前広場を望む。ホン・サンス監督の映画『気まぐれな唇』では、ここでキム・サンギョンとチュ・サンミがサルビアの蜜を吸うシーンが撮影された

 慶州駅舎は2021年末にその役目を終えたが、1918年開業のその歴史ある建物は、慶州歴史文化館1918としてそのまま使われている。その日は朝鮮のピカソの異名をとる国民的画家イ・ジュンソプ展が開かれていた。イ・ジュンソプ(1916~1956)は日本で美術を学び、そこで知り合った日本人、山本方子と結ばれ二児をもうけるなど、日本との縁が深い人だ。

慶州歴史文化館1918では、2023年8月27日までイ・ジュンソプ展が開催されている
イ・ジュンソプの代表作『黄牛』
イ・ジュンソプが愛した子供たちを描いた『春の子供たち』

 私は済州道の西帰浦にあるイ・ジュンソプ美術館や釜山にあるイ・ジュンソプ通りに何度も行ったことがあり、日本のドキュメンタリー映画『ふたつの祖国、ひとつの愛~イ・ジュンソプの妻~』(酒井充子監督)も観ていた。親しみを感じていた作家のイベントと地方で偶然合えるのはうれしいことだ。

 慶州の歴史遺跡地区には3時間ほど滞在しただけだが、とても中身の濃い時間だった。

(つづく)

取材協力:韓国観光公社