■全羅南道の離島、忘れられないできごと

 この20年間、何度もリピートしている全羅南道新安郡の黒山島(フクサンド)でこんなことがあった。
 島の食堂で私よりひと回りほど年上のオンニと知り合った。彼女は母のように面倒見がよく、サバ釣りに連れて行ってくれたり、自宅で手料理をごちそうしてくれたり、島の歌を聞かせてくれたりした。

「別れや感傷が多いから、島の人は歌が上手いんだ。感情がこもるからね」

 そんなオンニの言葉に島を離れがたい気持ちになったが、3日後、本土に戻る日がやってくる。

 木浦行きの船が出るまで少し時間があったので、オンニのお気に入りの場所まで散歩した。人は年を重ねると海や山、草木に心の慰謝を感じるようになる。気象台に至る坂道の途中にある野原が、オンニにとってそんな場所だそうだ。

 二人で風にかれていると、いつのまにか出港時間ギリギリになっていた。急いで船着き場に向かう。

 船はゆっくり港を離れる。埠頭にオンニの姿は見えない。すぐ立ち去ったのだ。出港時間ギリギリになったのも、「港での別れは短いほどいい」という言葉の意味をオンニがよくわかっていたからだろう。

 ソウル釜山をリピートし、田舎町の魅力を知った日本のみなさん、次の機会にはぜひ韓国の島旅を経験してもらいたい。

黒山島の曳里港。木浦から高速船で2時間かかる
黒山島をあちこち案内してくれたオンニ(右)と筆者
黒山島の大衆酒場。路地の奥には港が