■バイトの帰り道、印象的な雨の夜
深夜、コンビニでのバイトを終えたタンの帰り道の描写も味わい深い。物語の設定は大田(テジョン)広域市だが、ソウルの清渓商街(世運商街ビル群のひとつ)や乙支路4街辺りの零細工場街の夜景によく似ている。
住宅も商店もないので薄暗い。枯れたオレンジ色の街灯がアスファルトやシャッターを照らしている。篠突く雨。盲導犬に引かれて通り過ぎる謎の女……。ここではタンの人生を大きく転換させる悲劇が起こるのだが、私はこの夜景にうっとりしてしまった。
雨の夜が印象的な作品といえば、イ・チャンドン監督の名作『ペパーミント・キャンディー』を思い出す。1980年代、ふだんは民主化運動の若者を拷問している刑事(ソル・ギョング)が、群山の飲み屋の女の子(コ・ソヒ)相手に初恋の思い出を語り、一夜をともにしたのも、こんな雨の夜だった。
■花屋とシュポ、あんまりな接客
『殺人者のパラドックス』で刑事チャン・ナンガムを演じるソン・ソックは、肩の力が抜けていて大変魅力的だ。人間味がある。
入院中の父親を見舞いに行く道すがら、ナンガムは花屋に寄る。しかし、女性店員は電話に夢中でまともに接客しない。花をあきらめた彼はシュポで贈答用のジュースのセットを買う。韓国のコンビニでカウンターの店員越しによく見る手提げ付きボックスだ。
しかし、病院に向かう途中で、1ダース入りのはずが10本しか入っていないことに気づき、キレたナンガムはそれを捨ててしまう。
恥ずかしい話だが、我が国では起こりうることだ。店主が客の求めに応じてセットをバラ売りしてしまうのだろう。家族との折り合いが悪く、ただでさえ憂鬱な見舞いの前に、さんざんな目に遭うナンガムがいじらしい。
韓国リピーターの日本人なら、我が国の接客にあきられたことは一度や二度ではないだろう。東大門の卸売市場で、出前した真っ赤なスープを売り物の服のすぐそばで食べている店主に、驚きを隠せなかった日本の友人を思い出してしまった。