■淡白な平壌冷麺が韓国人の味覚を変える?

 本家を差し置いて我が国の平壌冷麺自慢をしてしまったが、じつは韓国の幅広い層が平壌冷麺の魅力を知ったのはこの十年くらいのことだ。それ以前は、土日に平壌冷麺の店に行くと、北朝鮮訛りの韓国語で酒とスユクと冷麺を楽しむお年寄りが目立っていた。北側から避難してきたものの南北分断の固定化で故郷に帰れなくなった人たち、いわゆる失郷民である。

 それが変わったのはグルメ番組が平壌冷麺の店を取り上げるようになってからだ。テレビの影響でソウルの有名店には行列ができるようになった。

 しかし、その頃、初めて平壌冷麺を食べた人の感想には、「味がしない」「あっさりし過ぎ」「辛いピビムネンミョンのほうが冷麺を食べたって気がする」という言葉が多かった。

 甘くて辛い薬念ソースの刺激に慣れた者には、繊細な薄味は理解しにくかったのだろう。かくいう私も、ムルネンミョンとピビムネンミョンの二択ならピビムネンミョンを選ぶことが多い。

ソウルの「筆洞麺屋」や「乙支麺屋」の源流、議政府「平壌麺屋」のピビムネンミョン

 私たち韓国人は、「辛いものがないと食べた気がしない」とか「辛さの中に味がある」などと言いつつ、辛い物に依存している食生活にどこかコンプレックスを抱いている。

 とくにSNSの発達で誰もがモクパン(食レポ)をするようになると、平壌冷麺の洗練された薄味がわからないと食通とはいえないような空気になった。

 平壌冷麺は韓国人の味覚と食文化を変えるといわれるくらい、影響力のある食べ物なのだ。