■物足りない味だけど、食べ進めていくとなにかが変わる……

 南浦麵屋では、知人にすすめられて温を頼んだ。しばらくすると、湯気をたてた温麺の丼がテーブルに置かれた。スープを飲み、麺を啜る。

「ん?」

 味がしない? いや、味はする。しかしなんだかすごく頼りない……。

「でしょ? 僕も最初に食べたとき、そう思った。まずッという言葉が出てしまったほどでしたよ。でもね、食べ終わるとなにかが変わるんです。うまく口でいえないんだけど」

 僕は知人の言葉を信じて食べつづけた。

 なにかが変わる?

 ほぼ麺がなくなりかけた頃、ひょっとしたらこれかも……という気になった。魚の干物を食べたときに、口のなかに残る味に近い。

 キムチのうま味は発酵食品のうま味である。アミノ酸系のうま味で、グルタミン酸が突出して多いのだという。

 温麺を食べ進めて口中に残る味は、キムチと同じようにアミノ酸系のうま味なのかもしれない……などと考えてみる。

 温麺も中央アジアや北朝鮮系の店のキムチのように、最初に舌に到達する味が薄い。しかし食べ進めていくと、じんわりと伝わってくる。

 現代の食べ物は、最初のひと口の味が人気を左右するといわれる。ひと口食べて、「おいしい」という印象を得られた食べ物がヒットしていくのだという。

 韓国の食べ物は、キムチにしても、サムギョプサルにしても、そういった食べ物の近代化の洗礼を受けていまの味になったということなのだろう。だから人気の食べ物になっていった。

 ということは、中央アジアのキムチや北朝鮮系の料理は、近代化に乗り遅れたということなのだろうか。だからキムチはサラダのように映り、料理は食べ進めないとおいしさに辿り着けない。しかしその味の記憶は脳裡の奥に残され、たまに顔をのぞかせる。「無性に食べたくなる」という食欲のからくりとはそういうものなのか。

 北朝鮮系の料理は奥が深い。

南浦麵屋。乙支路1街の路地に面している。向かいは小さな公園