景福宮の裏手にある仁王山(イナンサン)に登った。仁王山は標高338.2メートル。1時間半ほどで山頂に立てるはずだった。
登り口で道に迷ったが、なんとか登山道を教えてもらい、急な石段を登りはじめた。10分ほど登ると、中型の拡声器がとりつけられたフェンスが現れた。そこに警告看板があり、「軍事施設の撮影禁止」という内容の表記が韓国語、英語、中国語で書かれていた。
■ソウル都心の山、仁王山を登ってみる
この仁王山に登ることができるようになったのは2007年からだった。1968年に起きた北朝鮮による青瓦台襲撃未遂事件が尾を引き、長く入山が禁止されたのだ。いまでも軍事施設がある。
10年ほど前、同じような状況に置かれていた北岳山に登った。その登山路の入口には案内所があり、そこではパスポートの提示が必要だった。入山許可の書類に名前や宿泊先などを書き込むと、番号が記された入山証を渡された。それを首からさげなくてはいけなかった。そしてスタッフからこういわれた。
「撮影は禁止です」
そのときはカメラマンが同行していた。
「撮影禁止っていっても山でしょ。監視を厳しくするのは無理があるような気がするんだけど」
しかし撮影はできなかった。登山道には数十メートルおきに銃を手にした兵士が立っていた。監視小屋も多く、そこにはカメラがとりつけられている。兵士は皆、若かった。威圧感はなかったが、カメラをとりだすことはできなかった。
「仁王山もそんな状況なのだろうか。北岳山に登ってから10年がたっている……」
不安を胸に登りはじめた。
登山道が城壁に沿ってつくられていた。石段状になっている区間が多い。午前11時頃だった。登る人よりくだる人の方が多い。途中にちょっとした展望台のようなスペースがあった。そこらソウルの街を見おろすことができた。登山客の多くは、眼下のソウルに向かってシャッターを切っていた。周囲を見渡した。兵士の姿もない。スマホで撮影をしていたひとりに訊いてみた。
「もう、大丈夫ですよ。あそこにアンテナが立った建物が見えるでしょ。あれが軍の施設です。あそこの写真はダメ。それだけ注意すれば、それ以外の場所は大丈夫です」
10年の間に、景福宮近くにある青瓦台への警備体制はだいぶ緩和されたようだった。北朝鮮の兵士が韓国に侵入したのが1968年である。それから56年もたっている。その間に北朝鮮兵士の越境は起きていなかった。