映画を観る楽しみは俳優の美貌や雄姿を愛でたり、ストーリーを追ったりすることだけではない。それが撮影された時代の街の風景や風物も興味深い。
9月13日(金)に日本でデジタルリマスター版が公開される、南北分断映画の傑作『シュリ 』も、そんなふうに楽しめる作品だ。
■傑作映画『シュリ』の舞台、今のカフェ文化隆盛など想像もできなかった1998年のソウル
『シュリ』の主な舞台は1998年のソウル。韓国はドラマ『二十五、二十一』で主人公(キム・テリ)の運命を変えたIMF事態(金融危機)に陥っていた時期だが、映画『ソウルの春』の全斗煥(チョン・ドゥファン)政権や盧泰愚(ノ・テウ)政権に象徴される軍事独裁政権の対抗勢力である金大中(キム・デジュン)政権が前年に登場したことで、世の中が大きく変わるという期待に満ちていた時期でもある。
映画の冒頭、江南の貿易センターにあった高級ファミレス「BENNIGAN'S」のパラソル付きの屋外テーブル席で、主人公ユ・ジュンウォン(ハン・ソッキュ)と同僚のイ・ジャンギル(ソン・ガンホ)がくつろぐ描写は、背伸びが感じられ、どうにもくすぐったい。携帯電話は普及しつつあったが、端末を見ている者などいない。ジャンギルが紙の新聞を広げている姿がかえって新鮮だ。
今でこそカフェ大国などといわれる韓国だが、当時のソウルは西洋的な洗練度合いでは隣国日本に大きく後れをとっていた。カフェという言葉もまだ浸透しておらず、「コーヒーショップ」が一般的だったはずだ。コーヒー自体も「ヘジュレ」と呼ばれるヘーゼルナッツで作ったものがよく飲まれていたと記憶している。
「韓国のコーヒーショップでエスプレッソを頼んだら、店員さんに『エスプレッソは量がすごく少ないですが、いいですか?』と言われて、笑ってしまった」
と日本から来た友人に言われ、なんだか恥ずかしいような気がしたことを覚えている。嗜好品も質より量が優先される時代だったのだ。
■『シュリ』でハン・ソッキュ演じる主人公が通り抜けた道に、干し鱈スープの老舗発見!
ソン・ガンホ扮するジャンギルとハン・ソッキュ扮するジュンウォンが武器商人に接近するシーンは大型スーパーで撮影されている。食料品売り場の価格表示に「1,000ウォン」の数字が散見されるのも1990年代後半を感じさせる。今のソウルでは屋台のオデンが1本買えるか買えないかだ。
北側工作員の存在に気付いた武器商人が走ってスーパーから出る。それを追うジュンウォンとジャンギル。この場面の街並みは下町のように見えるが、ソウル旧市街のド真ん中だ。ロッテホテルの正面にある乙支路入口駅1-1出入口の北側、住所は中区茶洞(チュング タドン)。一般的には武橋洞(ムギョドン)と呼ばれるエリアだ。