■『隣の国のグルメイト』松重豊のアルバイト体験談で思い出したこと

『隣の国のグルメイト』6話では、しまいには松重がバイト時代に戻って中華料理店の白衣姿になり、韓国の撮影スタッフの注文を受けたり、給仕したりするサービス精神を発揮して、とても和やかな雰囲気になった。

 筆者(1967年生まれ)は、日本の友人知人たちから青春時代の話を聞くのが好きだ。彼らは松重豊(1962年生まれ)と同世代か、その少し下くらいが多いのだが、よく話題になったのは「恋愛」ではなく「アルバイト体験」だった。

 1990年代後半、語学留学で2年ほど日本に住んだとき、筆者が驚いたことのひとつは、10代後半以上の学生の多くがアルバイトをしていることだった。当時の韓国では学生、とくに大学生がするアルバイトといえば家庭教師だった。それは学生の本分である学業の延長という考えだったからできたのであって、小遣い稼ぎのために飲食店などで働くことには拒否感が強かった。

 当時、職業の貴賤意識が強かった韓国では飲食業を低く見るところがあり、学問をする者が食堂で働くなんて……という前時代的な感覚があったのも確かだ。まあ、それ以上に当時の韓国の飲食店の労働対価がとても安かったこともあるのだが。

 筆者はソウルにある大学院の修士課程を修了してから日本に行った。半年ほど先に留学生活を始めていた友人たちがバイトしていた焼肉店で働き始めたが、初めて接客を担当したとき、恥ずかしくて「いらっしゃいませ」もろくに言えなかった。すぐに慣れたが、それは日本が人目を気にしなくていい外国だったからに過ぎなかった。

 しかし、日本の焼肉店でのアルバイト経験は筆者の意識を大きく変えた。バイト仲間は国籍、年齢、男女、家柄、学歴などの属性が弱く、みんなと友達になれたことが新鮮だった。

 筆者も最初は学年や年の違う人と気楽に友だちづきあいする日本人の感覚についていけなかった。韓国は長幼の序をはじめとする秩序や属性を重んじる国だからだ。階級社会と言ってもよい。韓国では属性にしばられて息苦しい思いをしていた者も、職業貴賤意識が弱く、がんばればがんばっただけ評価される日本の飲食店では生き生きと働いていた。

『隣の国のグルメイト』で白衣姿の松重豊が嬉々としているのは、バイト時代は貧しくても楽しい思い出があったからだろう。スター俳優から思わぬもてなしを受けてうれしそうな撮影スタッフの姿を見て、あらためて成熟した日本の文化を感じた。この一件で松重は韓国の撮影スタッフのハートを完全につかんだはずだ。

●配信情報

Netflix『隣の国のグルメイト』独占配信中(毎週木曜日配信)

出演:松重豊、ソン・シギョン