Netflix『隣の国のグルメイト』シーズン4の第1話の後半、ソン・シギョンが松重豊をソウル市庁の裏手にある干し鱈スープ(プゴクッ)の老舗店「武橋洞プゴクッチプ」(1968年創業)に案内した。ここは本当の意味での名店である。まだ行ったことのない人たちのために、その魅力をお伝えしよう。
■『隣の国のグルメイト』に登場した名店は干し鱈スープ一本!チェーン展開はしない
筆者は1990年代末から韓国の飲食文化を日本の人に伝える仕事をしている。せっかく時間を作って、しかもそれなりのお金を使って韓国に来てくれるのだから、飲み食いで失望してほしくない、楽しんでほしいという気持ちが強い。そうなると、強く薦められる店は限られてくる。
そのなかでも、「武橋洞プゴクッチプ」はナンバーワンとも言うべきお薦め店だ。
筆者が「武橋洞プゴクッチプ」を初めて正式に取材したのは2000年のことだった。当時は兄と弟が交代で店長を務めていた。取材に応じてくれたのはお兄さんのほうだった。
『隣の国のグルメイト』でソン・シギョンと松重豊を接客していたのは弟さんのほうだ。創業者のお父さんの考えだったのか、メニューは増やさずプゴクッ一筋。店がどれだけ繁盛したとしてもチェーン展開はしない。その地に足の着いた経営方針が今も守られている。
韓国では文や官を尊ぶ儒教的思想の名残から、飲食業を軽視する時代が長かった。汗をかかずにできる見栄えのする事業を興すための資金調達手段として、一時的に食堂をやる人が多かったのだ。日本と比べて老舗と呼べる店が少ないのは朝鮮戦争(1950年~1953年)のせいもあるが、そんな背景もある。
IMF事態(1990年代末の通貨危機)以降、飲食業を堅実なスモールビジネスとして見直すようになったが、一軒が当たるとチェーン店化させる者が多かった。
Netflixドラマ『隠し味にはロマンス』で、主人公(コ・ミンシ)が切り盛りする全州の小さな食堂に、ソウルの大手食品会社重役(カン・ハヌル)が食指を動かしたのも、そんな例だ。
現実に全州には「現代屋」という豆モヤシスープ(コンナムルクッ)の小さな店があり、毒舌だが人情味のある女将さんの作るスープが大変な人気だったのだが、代替わりして今では全国チェーンになっている。
ソウルの一等地で平日だろうが週末だろうが、常に行列の絶えない繁盛店「武橋洞プゴクッチプ」が干し鱈スープを一杯ずつ丁寧に作っていることは、じつに尊いことなのである。